紆余曲折を経た東京五輪がいよいよ開幕を迎える。難しい状況のなかで晴れの舞台に挑むアスリートの一方で、彼らを陰で支え、二人三脚で最高の競技用具を作り上げた職人たちがいる。メダルを狙うフェンシング日本代表のグローブを手がける国内で唯一の職人が、香川県東かがわ市「スケルマ」の細川勝弘・かずゑさん夫妻だ。その工房は、手袋生産シェア日本一の町・東かがわ市にある。
「海外の既製品を使っていた子供にうちのグローブを使ってもらうと、皆『うわ! すごい!』と言ってくれるんですよ。それが本当に嬉しくてね」(勝弘さん)
細川夫妻は手袋職人として半世紀以上も研鑽を積んできた。10数年前、国体選手だった次女の夫の依頼でフェンシング用のグローブを作ったところ、手に吸い付くような装着感が大評判に。立ち上げたスケルマは、国内外のメダリストが愛用する人気ブランドとなった。
さまざまな素材をフェンシンググローブに応用してきた。半世紀以上にわたる手袋作りの経験が、豊富なアイデアの源泉だ。手のひらの部分を曲線的に縫うことで、剣を握った際の膨らみを抑えている。繊細な技術と気遣いが生むフィット感は唯一無二だ。大小30個ほどに分かれたパーツを縫い合わせることで、ひとつのグローブが完成する。1日に生産できるのは5枚ほどだという。
「うちのグローブはこれまで北京、ロンドン、リオと3大会に出ているけど、東京五輪は感慨が全然違います。年齢的にも、現地で観戦する最初で最後のチャンス。無事に開催してもらって、選手たちと一緒に戦いたいですね」(勝弘さん)
工房には、代表選手が使用してきた歴戦のグローブが並ぶ。「使う人にワクワクしてもらいたい」(勝弘さん)という気持ちで現在も新製品の開発に臨む。
撮影/内海裕之
※週刊ポスト2021年7月16・23日号