妻に先立たれた、あるいは離婚した高齢男性の後妻となり、全財産をむしり取るやり方を「後妻業」と呼ぶ。2007年から2013年にかけて、夫や交際相手の男性4人に青酸化合物を飲ませて3人を殺害し、平成の世に「後妻業」という言葉を知らしめた筧千佐子被告(74才)は、6月29日、最高裁が弁護側の上告を退け、死刑が確定した。この事件を長年取材し続けてきたノンフィクションライターの小野一光氏が、判決後の筧被告と面会。最後の取材で最大の疑問を彼女にぶつけた。
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2021年7月5日、大阪拘置所12番面会室。小窓がついた正面の扉が開くと、白髪を肩の下まで伸ばした小柄な老女が姿を現した。
白地に青と赤の花柄が入ったシャツに、水色の膝丈ズボン。マスク姿の彼女は挨拶を交わすでもなく、まずアクリル板越しに声を張り上げた。
「あのねえ、私、耳が遠いやろ。やから話すときは声をワントーン大きくして。そうやないと聞こえんから」
一気に過去の記憶が蘇る。そうそう、この感じだった。まず自分の言いたいことを主張する。それでこそ彼女だ。
先ほどまではてっきり会ってくれないだろうと思っていた。もしくは、面会室に入ってきても、私の顔を見た途端、踵を返して出ていくのではないかと悲観的な予想をしていた。なぜなら私はこの3年4カ月前、当時京都拘置所にいた彼女に対し、面会時に彼女が説明してきたことと私の取材でわかったことの矛盾を問い質したことで、三下り半を突き付けられていたのだ。計22回の面会を行うなか、頻繁に送られてきていた手紙もぷつりと途絶え、以降、私の面会の申し込みには一切応じなくなっていた。
筧千佐子、74歳。
結婚や交際をしてきた相手に対する、3件の殺人罪と1件の強盗殺人未遂罪に問われた「近畿連続青酸死事件」の被告である。なお、事件化されたのは4人に対してであるが、私自身の取材では、その4人を含め、計11人の不審死が確認されている。
最高裁で、1、2審で下された死刑判決は不当とした弁護側の上告が棄却されたのは、この面会の6日前である6月29日のこと。
判決が下された翌日から14日後に死刑が確定すると、それ以降は、基本的に家族や弁護人以外との面会はできなくなる。もちろん、例外的に面会できるケースもあるのだが、それが適用されることはほとんどない。