『母と暮せば』も、2人だけの俳優による演技合戦とあって、松下の俳優としての真価が遺憾なく発揮されていた。本作は、2018年に初めて上演された演劇作品の再演で、文化庁芸術祭の演劇部門で松下が新人賞を受賞するなど、高い評価を得た作品だ。初演に続いて富田靖子(52才)が母親役に、松下がその息子役に配されている。奇しくも義理の関係ではあるが、朝ドラでもこの2人は親子役を演じていた。長い期間を共に過ごした俳優同士の間に育まれたであろう強い信頼関係が、今回の舞台上にも見て取れた。
驚いたのは、母と子の“対話劇”である『母と暮せば』では、朝ドラでの義理の母子コンビのままの印象でのんびり観ていられたのは初めだけで、物語が進むにつれて怒涛の芝居合戦が繰り広げられたこと。松下は舞台上に出ずっぱりで逃げ場はない。1時間半弱の上演時間の間、壮大な仕掛けがあるわけでもなく、たった2人だけで観客の興味を惹きつけ続けていたのだ。
気が付けば、会場内のあちこちから笑い声が上がり、それと同時にどこかからすすり泣く声も聞こえた。かくいう筆者もその一人だ。笑ってしまった次の瞬間には、涙がこぼれてしまう。これは、松下が役に没入する一方で、すぐに感情を切り替えられるよう、俯瞰的な視点も持ち合わせている証だと思う。役を生きながらも、常に観客を前にして“演じている”意識を失っていない。それゆえ、喜怒哀楽の転換が非常に巧みなのだ。
だからこそ、発声は歌うように、所作は舞うように、丁寧で美しい。なぜ松下洸平は観る者を魅了するのか、その秘密がこれでもかと舞台上で披露されている状態だ。舞台の最後、4度にわたるカーテンコールとスタンディングオベーション、鳴りやまない拍手を目にした観客の誰もが、彼が現在の立ち位置につけた理由を実感したことだろう。
【折田侑駿】
文筆家。1990年生まれ。映画や演劇、俳優、文学、服飾、酒場など幅広くカバーし、映画の劇場パンフレットに多数寄稿のほか、映画トーク番組「活弁シネマ倶楽部」ではMCを務めている。