音楽誌『BURRN!』編集長の広瀬和生氏は、1970年代からの落語ファンで、ほぼ毎日ナマの高座に接してきた。広瀬氏の週刊ポスト連載「落語の目利き」より、上方落語の月亭遊方が、東京での独演会シリーズで最後を飾った『らくだ』についてお届けする。
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月亭遊方が神保町・らくごカフェで2019年から隔月開催してきた全12回の独演会「ときどき無性に遊方噺」が5月30日に最終回を迎えた。最後を飾った演目は『らくだ』。“上方版フルバージョン”と銘打っての、1時間を超える熱演だ。
上方落語なので、らくだの兄貴分は“ヤタケタの熊”と名乗る。この兄貴分が屑屋をこき使い、家主を“死人のかんかん踊り”で脅して酒と煮しめを出させ、漬物屋から樽を調達する展開を、ドタバタ劇として軽やかに描く。コテコテなのに“臭さ”がないのが遊方の真骨頂だ。
屑屋が酒を飲み始めてからの変貌が『らくだ』の最大の見せ場。三杯目を注がれた屑屋は「ホンマにええ酒」と美味しそうに飲み、家主から届いた煮しめを「ええ出汁、よう炊けてます」と美味そうに食べながら、「親方、優しい人や」と熊を持ち上げる。飲み続けてどんどん上機嫌になり、家主が“死人のかんかん踊り”で「ヒーッ!」と怯えていたと何度も再現しては大笑い。
四杯目を注がせた屑屋は、昔は道具屋の主人だったが酒で店を潰して裏長屋住まいになり、よく出来た女房も貧乏慣れしてなくて若死にした、という身の上をアッケラカンと語る。そこに湿っぽさは皆無。生前のらくだに虐められたという恨み言も一切ないので、暗くならない。
今の女房に「商いの途中で酒飲んだらあかん言うてるのに、また酒飲んで目の前の人を半殺しにしたやろ!」と叱られて半殺しにされた、と笑う屑屋。「怖いカカァやな」「周りは“土佐犬のお花”と呼んでる」
酒乱の屑屋より怖い女房が出てくる『らくだ』は初めてだ。
「商いに廻ったらどうや」と言われた屑屋は「アホウ! 注げ! 半殺しにするぞ!」とキレるが、熊が「大きな声出すな」と酒を注ぐと「親方、勧め上手」と再び上機嫌になり、「兄弟分になりましょ」と持ちかける。屑屋に命じられて熊が女所帯から剃刀を借りてきて後半へ。