最高気温は34℃。夜になっても蒸し暑さの残るその日、東京・国立競技場の貴賓席「プレジデンシャル・ボックス」で、天皇陛下は約4時間、東京五輪の開会式を見守られていた。冷房もないボックスの中、御椅子の背もたれから体を離し、ピンと背筋を伸ばされていた。そのお隣に雅子さまはいらっしゃらない。隣に座ったのは、菅義偉首相だ。“事件”が起きたのは、開会式の終盤、陛下が開会宣言をされたとき。
IOCのバッハ会長の紹介を受け、マイクの前に立った陛下が宣言を始めても、隣の菅首相はぼんやりと陛下とは別の方向を見やったまま。その奥の小池百合子都知事が目配せしながら席を立つと、それに気づいた菅首相も慌てたように立ち上がった。その様子は日本全国、いや、全世界に生中継された。
「今回の騒動には“不敬”という声まであがっています。お粗末だったのは、陛下のおことばの途中で立ち上がったこと。座って聞くのであれば最後まで座っていればよかったんです。陛下の宣言を立ち上がって聞くのか、それとも座って聞くのか、それすらコンセンサスが取れていなかったのでしょう。組織委員会や官邸側が真摯な気持ちで開会式に陛下をお迎えするつもりだったのか疑いたくなります」(皇室ジャーナリスト)
組織委員会は開会式から4日後の27日、一連の騒動について、起立を促す場内アナウンスが流れなかったとし、「混乱が生じ、申し訳ない」と陳謝した。しかし、ある政治ジャーナリストは「菅首相が皇室を軽んじていることの証左だ」と話す。
「菅首相は皇室への思い入れの深い人ではないといわれています。東京五輪にしても、1年延期という前代未聞のことがあったのだから、『名誉総裁』を務められる天皇陛下や宮内庁にはとりわけ、方針や進捗を細やかに報告しつつ、調整しながら進めるべきでした。
しかし、陛下のご意見を賜るどころか、まったく説明もせず、いわば“放置”してきました。配慮のカケラもなかった。だから、開幕直前までゴタゴタが続き、“陛下が開会式のスタジアムにいらっしゃらないかもしれない”という緊急事態まで引き起こしたのです」
波乱の幕開けとなった東京五輪。その日に至るまで、陛下側と菅官邸との間では信じられないような暗闘劇が繰り広げられていた。
なぜあんなものが出るんだ
「亀裂」が表面化したのは、五輪開幕1か月前の6月24日、西村泰彦宮内庁長官の「拝察」発言だった。西村長官は五輪開催について、陛下が「新型コロナウイルスの感染拡大につながらないか、ご懸念されていると拝察している」と発言し、反響が広がった。実は、官邸にとって寝耳に水だったという。