厳戒下の祭典は筋書きのないドラマを数多く生み出している。作家で五感生活研究所代表の山下柚実氏が指摘した。
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テレビをつければオリンピック一色。感動のメダル獲得物語もいいけれど、御涙頂戴があまりに続けば食傷気味になる人も出てくるはず。一方、夏ドラマに目を向けるとややパワー不足か。ラブコメ、医療モノが目立つけれど、じっくり人間ドラマを味わうことのできる大人向け作品は夏枯れ状態。
そんなこの時期、一服の清涼剤のように魅力的な人物がドラマに降臨。再放送中の朝ドラ『あぐり』(NHKBSプレミアム月~土曜午前7時15分)で躍動する望月エイスケです。そう、スキャンダル続きで辞任・解任、大揺れのオリンピック開会式で当初「総合演出」を担当するはずだった、あの狂言師・野村萬斎さんが演じる役です。
『あぐり』は今から24年前、1997年に放送されたドラマ。主人公のモデルは97歳まで現役美容師を続けた吉行あぐり。女優・吉行和子さんの母です。明治、大正、昭和、平成を駆け抜けたあぐり(田中美里)の女半生記ドラマは当時大ヒットし、最高視聴率が31.5%に達しました。
高視聴率を叩き出しただけではありません。何と言っても夫・エイスケ役となった「野村萬斎」の名前を広くお茶の間に知らしめるきっかけとなりました。あの当時、幅広い年齢層の女性ファンが「エイスケ沼」にどっぷりはまり、能舞台に押し寄せた。メインの演目である能に関心が無い人でも狂言には殺到し、「エイスケさんを一目見たい」と黄色い歓声を上げました。
いったい何が、そこまで世の女性の心を揺さぶったのでしょうか?
お見合い結婚をしたあぐりとエイスケの夫婦。エイスケは小説家で自由奔放で時々しか家に帰ってこない。投資に走ったり女を作ったりもうめちゃくちゃなのに、憎めない。主婦たちから反発されるどころか、とことん愛されたのも今考えると不思議です。
おそらくヒントは伝統芸能の道を鍛錬してきた野村さんの、奥深い人間力とチャーミングさにありそう。気品のある物腰によく響く声、ちょっと寂しげなまなざし、爽やかで優しいエイスケという人物像を、再放送で改めて確認し感服しました。そんじょそこらの人では演じ切れない複雑な人物像。野村萬斎という人だからこそ、カラリと明るく表現できた。「やっぱりオリンピック開会式にこの人はどうしても必要だったのではないか」、そう思わせてくれました。