数多くのヒット曲を手掛けてきた作曲家・筒美京平さん。歌い手は筒美さんの曲を聞いて、何を感じていたのだろうか。累計200万枚の大ヒット曲『魅せられて』(1979年)を歌ったジュディ・オングが、曲との出会いと、筒美さんとの思い出について語った。
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1960年代、私がティーンエージャーの頃から筒美京平先生に作品をご提供いただいて、レッスンも受けていました。先生は「ジュディの声はアルトがいい」とおっしゃっていたので、低いところをグッと狙ってくるような曲が多かったですね。
そんな日本コロムビア時代から8年半のブランクがあり、ワコールのCMソングとして先生が作ってくださったのが『魅せられて』(1979年)です。作詞は阿木燿子さん。上がってきた譜面を見たら、なんと16分音符一つひとつに歌詞が乗っていて、動きようがない難しい曲。想像を絶するところを音が行ったり来たりする、斬新なメロディでした。
レコーディングの時に、〈好きな男の腕の中でも〉の箇所が、歌詞が多くて何度歌っても出遅れてしまったんです。するとミキサー室から先生が来られて、「サンバの乗りにしたらリズムに乗れるよ」とご自分の膝を手で叩いてリズムを聴かせてくださって。それでうまく乗れました。地声と裏声を自然に切り替えるのも難しかったですね。体に入りこむまで歌いこみました。
そんな調子で歌に集中していたので、ヒットするかどうかについては考えもしなかったです。ただ、国内外の歌手が参加する東京音楽祭で、司会者が私の曲を紹介した時、会場の武道館が揺れるような歓声が客席から上がり、「ああ、この曲、売れてるんだ」って初めて実感しました。
先生の曲はどれも心地よいんです。高級なカシミアの上を心が撫でていくような旋律です。でも歌手が自然に歌わないと心地よくは聴こえない。だからいまでも『魅せられて』をステージで歌う時は、2週間前から練習をして当日は自宅で一人リサイタルを2~3回行なって舞台に出ます。42年間途切れることなく、回数がわからないほど歌ってきましたが、先生からプレゼントされた、一生チャレンジの曲だと思っています。
【プロフィール】
ジュディ・オング(じゅでぃ・おんぐ)/1950年生まれ、台湾出身。11歳で女優、16歳で歌手デビュー。数々のヒットを飛ばし、『魅せられて』は200万枚の大ヒットとなり日本レコード大賞受賞。
取材・文/濱口英樹
※週刊ポスト2021年8月13日号