昭和歌謡界の巨匠、阿久悠さん。八代亜紀が1979年に歌って大ヒットした『舟唄』も阿久さんの作詞だ。その八代が、自身の飛躍のきっかけになった同曲の思い出と、阿久さんへの感謝を語る。
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今年でデビュー50周年。『なみだ恋』(1973年)で歌手としての幹ができて、それを一回り大きくしてくれたのが、阿久悠先生に初めて書いていただいた『舟唄』(1979年)です。テイチクの当時の社長が、「阿久先生の女心を、八代亜紀に歌わせたい」とお願いされたんです。
後から聞いた話ですが、先生は何曲も作られたのに社長がどれも違うと言って。そこで出てきたのが、先生が美空ひばりさんを念頭に書いて引き出しにしまわれていた『舟唄』、女心ではなく男心の歌でした(笑い)。
詞の最初の2行を読んだ時に、ああ、これはいいメロディがつくだろう、大ヒットするだろうと思いましたね。その後もたくさん書いていただきましたが、先生の詞はすべて映画になります。『舟唄』は高倉健さん主演の『駅STATION』のラストシーンで流れますが、たまらなかったです。
デビュー30周年のコンサートで阿久先生が、「君と出会うために、僕は9年間助走してきたんだ」と言ってくださった時は、本当に光栄でした。デビューから9年間、私に詞を書くのを待ち望んでくださっていたんだと。先生の言葉は全部詞になっちゃう。「演歌が迷子になっている、大通りに戻してほしい」と言われたことも忘れられないですね。
『舟唄』はお客様の反応も特別。海外のコンサートでも、フジロックフェスティバルでも、イントロだけでお客様が「おーっ」となって凄いんです。自画自賛ですが、いまの私が歌う『舟唄』が最高なんですよ。若い頃は男の背中を表現できなかったけど、いまは男になってますもん(笑い)。
目標は、80歳になった時、若者であふれる会場で幕がふわーっとあがって、ピアノの椅子に座って歌うこと。そうすると若者がシーンとして聴き入るの。最高でしょ。
【プロフィール】
八代亜紀(やしろ・あき)/1950年生まれ、熊本県出身。1971年にデビューし、『舟唄』『雨の慕情』などヒット曲多数。今年でデビュー50周年を迎え、特別企画CD『居酒屋「昭和」』発売中。
取材・文/濱口英樹
※週刊ポスト2021年8月13日号