8月5日に行われた東京五輪のボクシング男子フライ級準決勝では、田中亮明(27、岐阜・中京高教諭)が敗退。決勝進出は果たせなかった。3位決定戦はなく、銅メダルが確定した。実の弟や高校時代のライバルは、プロの世界でチャンピオンとなって華々しい活躍を見せていたが、アマチュアボクサーとして、田中はどのような思いで今大会に臨んでいたのか。
* * *
完敗だった。フライ級準決勝に進出した田中亮明は、フィリピンのカルロ・パーラムと対戦し、5人のジャッジがすべてパーラムを支持する0-5の判定で敗れて銅メダルとなった。一番に輝く色ではないものの、男子フライ級としては61年ぶりのメダルを手にした田中はなんとも晴れやかな表情をしていた。
「気分は最高っすね。やっぱりオリンピックの舞台だからですかね。プロとは違う、最高の景色が広がっていた。今日というか、今大会は作戦とかなく、『一歩も引かない』ということだけ決めてリングに上がった。戦いきれたと思います」
その時、背後を通りかかったパーラムが、突然、田中を抱擁し、おでこにキスした。苦笑いの田中はパーラムを指さし、こう話した。
「こいつに勝ちたかったっすけどね(笑)。うまかったっす。うん。それだけ」
田中は甲高い気合の声を発しながら果敢に前に出続け、手数は上回ったものの、フィリピンの若手ボクサーはディフェンス力に長け、クリーンヒットを許さない。反対に田中の動きを見極め、カウンターを効果的に当ててきた。
「『倒しに行く』という姿勢は貫くことができた。いつも負ける時はそうなんですけど、自分が負けたとは思っていない。(今日も)自分との戦いには勝ったかなと思います」
その言葉を聞いて、ふと思い出したのは五輪開幕まで50日を切った頃に行ったインタビューである。
岐阜県に生まれ12歳でボクシングを始めた田中を語る上で欠かせないのはふたりのボクサーだ。ひとりは2歳下の弟で、プロボクシングの世界で3階級を制覇した元王者の田中恒成。もうひとりは、高校時代のライバルで、現WBAスーパーとIBFの世界バンタム級王者の“モンスター”井上尚弥だ。