ベストセラーとなった『九十歳。何がめでたい』から5年ぶりとなる、佐藤愛子さんの最新&最後のエッセイ集『九十八歳。戦いやまず日は暮れず』が8月6日に刊行された。評論家で東京家政大学名誉教授の樋口恵子さんが、この本の魅力を綴る。
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とかく自分の不幸を他人のせいにしがちなこの世にあって、佐藤先生は、自分の責任はありったけ引き受け、もしかしたら負わなくてもいいものまで潔く背負って生きてこられました。本書では、そうした人でなければ持ちえない爽やかさと一種の品格が、全編から立ち上ってきています。だからこそ、「怒りの佐藤」などと呼ばれる喧嘩っ早さと直截な物言いがあっても、みなその底に、笑いをたたえたユーモアとして受け入れられ、楽しく読めるんじゃないでしょうか。
本書の中で特に印象的だったのが、「マグロの気持」の一編で綴られている、父上の佐藤紅緑先生が文筆業を辞めたいきさつです。ご家族ぐるみでその悩みを担い、父上を勇気づけられた場面には感動しました。いろいろあったことは佐藤先生の『血脈』などで知られていますが、根っこの部分では愛情豊かな幸せなご家庭でお育ちになったのですね。「『ハハーン』のいろいろ」のクリスマスプレゼントをめぐる話を読んでも、佐藤先生のあの底知れぬエネルギーは、こうしたご家庭から育まれてきたのだと分かります。
そして佐藤先生のお嬢さん、お孫さんもお優しい。書いては原稿用紙を丸めて屑籠に投げ入れる佐藤先生の様子を見て、《母さんはもう十分、仕事をして来たではないか。なぜそうガツガツするのよ》と言いつつも、《マグロなんだから仕方がない》と、母の習性を受け入れていました。
一方、我が家の場合――。唯一の家族である一人娘は、私の健康は慮ってくれるものの、その言い方は指示命令調で、高圧的。私も負けじと応戦するものだから、日々喧嘩が絶えません。ま、これも多様性。「いろいろあらあな」と受け止めてもう少し穏やかな晩年を佐藤先生に学びたいと存じます。