約2週間にわたって日本中が盛り上がった東京五輪が終了した。今回の五輪の特徴の1つが、スマホが大きな役割を果たしたこと。NHKをはじめとして各局がスマホ視聴に力を入れ、小さな画面で五輪を楽しんだ視聴者も多かった。
もはやスマホは生活の一部となりつつあるが、この「新しい生活様式」における何気ない日常の一コマは、大きな破滅への一歩かもしれない。“スマホは私たちの最新のドラッグである”そんな言葉とともに過度のスマホ利用に警鐘をならしたのはスウェーデン出身の精神科医、アンデシュ・ハンセン氏だ。ハンセン氏の著作である『スマホ脳』は2020年に発売されるやいなや世界13か国で翻訳され、瞬く間にベストセラーとなった。
同様の懸念は日本の専門家も抱いている。認知症の専門医で「もの忘れ外来」を開設するおくむらメモリークリニック院長の奥村歩さんは、特にスマホ動画が脳に与えるダメージを危惧している。
「人間の脳は情報入力の9割を視覚に頼り、動くものに対して非常に敏感に設計されています。死んだライオンを見ても怖くはないけれど、動くライオンを見たら恐怖を感じるのはそのためです。
脳科学者の間ではこうした脳の性質を利用して、講演をする際は舞台上を動き回り、身振り手振りを大きく使って観衆の注意を引くことが常識となっているほど、この傾向は強いといえる。
問題は、動くものに敏感に反応する代償として、脳がカロリーを大量に消費して疲れてしまうことです。しかもスマホ動画は色彩と光の刺激が強く、脳の疲労度が上がりやすい。これはスマホ動画の大きなデメリットです」
『スマホ廃人』(文春新書)の著者でジャーナリストの石川結貴さんも動画が与える「刺激の強さ」を懸念する。
「テキストは文字だけですが、動画は表情や声、仕草がすべて伝わるため、脳に与える刺激が強くなります。本人に自覚はなくても、動画の中の登場人物のちょっとした仕草や表情などに脳が『あれっ』と反応し、その刺激が脳内に積み上げられていくんです。
動画を見続けることは、たとえて言えば、渋谷のスクランブル交差点の真ん中に立ち続けているのと同じくらいの刺激を、絶えず五感が受けているということ。15分と同じ場所に立っていられないはずが、スマホ動画であれば数時間にわたって見続けることができる。知らず知らずのうちに脳が疲弊してしまっている人は少なくないでしょう」(石川さん)