《いくつになっても夢を持とう》、《あなたの夢は何ですか?》。テレビや雑誌で、小学校の教室で……私たちは至るところでこうした文言を繰り返し目にしてきた。しかし現実には、すべての人間が夢を叶えることが出来ないことを、我々は暗黙の内に理解している。多くの人が生きづらさと不安を感じざるを得ない──そんな社会を作家の橘玲さんは最新刊『無理ゲー社会』で攻略困難なゲームにたとえて解き明かしている。橘さんはこう語る。
「日本では子供のときから『あなたの夢を決めなさい』『夢に向かって努力しなさい』と言われ続けますよね。でもそれは同時に、『夢を実現できなかったら、あなたは人生の敗者です』という通告にもなってしまう」(橘さん)
そのうえSNSが発達した現代社会は、夢のレベルも青天井だ。
「SNSの普及で誰でも『リア充アピール』に夢中になるだけでなく、レディー・ガガやビヨンセなど、世界のセレブが直接ファンに語りかけるようになりました。しかし、スターはきわめて希少な存在だから価値があるのであって同じ立場になれる可能性は限りなくゼロに近い。
加えて知識社会とは、知能や学歴が大きな優位性を持つ『知能格差社会』。その結果、夢を叶えて自己実現できるのはほんの一握りの『上級国民』に限られてしまうのです」(橘さん)
たとえ叶えるのが困難だったとしても、少しでも夢に近づくべく努力することはできるはずだ。だが、知能や学力の約半分は遺伝で決まるという残酷な現実がある。
「子供への遺伝を論じることは長らくタブーでしたが、いまでは知能や学力に遺伝が大きく影響することは行動遺伝学の定説です。しかもこれまで後天的に身につくとされてきた『努力できるかどうか』や『集中力』、『やる気』も最新の知見では半分程度は遺伝が影響している。
幼児期の虐待や育児放棄は子供の人生に深刻な負の影響を与えますが、その一方で、極端に恵まれた家庭環境(子育て)が子供の成長にほとんど影響を及ぼさないこともわかってきました。現代社会のごくふつうの子育ては、人類史的にあり得ないほど素晴らしいのです。『学力は教育によって無限に伸ばすことができる』というのはたんなる神話にすぎません」(橘さん)