新型コロナの感染拡大による「医療体制の逼迫」が叫ばれている。感染者、重症者への治療に医療のリソースが割かれることにより、コロナ以外の重病を抱えた患者へのケアが行き届かないことも懸念されている。通院や入院が難しくなるなか、「在宅医療」の現場で奔走する医師、医療関係者がいる。
ムック『週刊ポストGOLD 理想の最期』(8月23日発売)にも在宅医療の現場ルポを寄稿したジャーナリスト・岩澤倫彦氏がレポートする。
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新型コロナウイルスの第5波の勢いが止まらない。感染力の強い「デルタ株」に置き換わって、首都圏では容態が急変しても入院できないケースが頻発。政府は「中等症まで基本的に自宅療養」とする、苦し紛れの方針を打ち出した(その後、重症化リスクのある人は原則入院に修正)。そこでいま、注目されているのが在宅医療。がんや重い慢性疾患などを抱えた患者が、自宅で過ごすのを、医師、看護師、ヘルパーなどがチームとなってサポートするものだ。
ただし、在宅医療には誤解も多いうえに、在宅医療が向く患者と向かない患者もいることは知られていない。コロナ禍の今、在宅医療の現場はどうなっているのか? 神奈川・川崎市の「在宅療養支援クリニック かえでの風 たま・かわさき」の院長を務める宮本謙一医師に密着取材した。
独居で高齢でも在宅医療は可能
「こんにちは、お邪魔します!」
玄関で大きな声をかけると、トートバッグを肩にかけた宮本医師は奥の居間へと進んでいく。そこには上品な顔立ちをした女性が待っていた。大きな窓のそばに置かれた介護用ベッドは、上半身を起こした状態になっている。
女性は少し驚いたような表情で宮本医師を見つめていたが、やがてその顔には笑顔が広がり、楽しそうに会話を始めた。東京オリンピックのこと、コロナ禍で停滞する経済のこと、さらには若い頃の勤務先で、東京都知事の小池百合子氏と机を並べていた思い出まで。
「あの人は、私の机の上によく荷物を勝手においていたのよ。有名になる前のことだけど」
女性の年齢は95歳。力のある声で、半世紀以上前のことを細部に至り、まるで昨日のことのように話す。言葉に知的なセンスが漂い、若い頃はキャリアウーマンとして活躍していた様子が浮かんだ。
しかし、女性には認知症があり、日によって大きな波があるという。
宮本医師は笑顔で女性の話に耳を傾け、しばらく様子を観察してから声をかけた。
「ところで、どこか具合が悪いところはありますか?」
すると、女性は手の痺れを訴えた。宮本医師はその手を握ると笑顔で声をかける。
「力がありますね、いいですよー」
老化による痺れは、薬である程度緩和できるものの、完全に治せるわけではないという。それを受け入れるしかない場合もあるのだ。
女性は夫と死別した後、この家で独居生活をしていたが、数年前から体調を崩して、自力で歩行できなくなり、ほぼ1日ベッドでの寝たきり生活になっているという。そうなると、療養型の病院や施設に入る選択肢もあるが、女性は住み慣れた自宅で過ごすことを選んだ。
宮本医師は聴診器をあて、血圧などを測定して体調が順調であることを確認する。そしてもう一度、女性と握手を交わすと、自宅を後にした。