「昔から女性であることが嫌で、性自認は男性寄りの『中性』でした。幼少期は本気で『いつかは男になれる』と信じていたくらいです。自分がセクハラで悩むことになるとは思っていなかったし、戸惑いも大きかった。アシスタントを辞めてからは何度もジェンダークリニックに通いました。当時はトランスなのか、自分の体が嫌なだけなのか分からなかったけど、この漫画を描くことによって、性差別的な価値観や仕組みのある社会に生きる以上、女の体を憎むようになることはよくあること、そしてそれとは別に自身が“トランスジェンダーである”というシンプルな自認を得ることができました。いまも性別欄に“どちらでもない”という欄があるとホッとします。でも、そうした性別欄が増えてきたのはこの1~2年のことです。このマンガを描こうと勇気を持てたのも時代のお陰です」
ふさぎ込んでいたペス山氏の意識を変えたのは、2017年頃から米・ハリウッドを中心に巻き起こったセクハラ撲滅を訴える世界的な動きだった。
「#MeToo運動が日本でも広がったことで、自分のなかで一気に世界が変わりました。ありがたかったし、自分勝手ですが『やるなら、もっと早くやってくれよ』とすら思いました(笑)。それまでは知人・友人・家族はもちろん、精神科の先生にもセクハラのことは上手く話せませんでした。ですが、時代が変わってきて私も一歩踏み出そうと思ってこのマンガを描き始めました。内容は読んでいただけたらと思いますが、作品にする過程で過去と向き合えたことで少しは自分の『女の体』を許すことができました」
マンガを描き始めたペス山氏は、X氏に勇気を出して連絡を取り、過去に受けた被害について問いただしていく。しかし、当時は王様のような態度だったX氏もまた時代とともに変化し、「当時の私には何も理解できていなかったと思います」「きちんと謝れたことに感謝しています」など別人のような反応が帰ってきたという。
「最初は『本当にXさんか』と戸惑いましたし、上手く丸め込まれたような悔しさと虚無感がありました。そこで思ったのは『きっと、あの人はもうセクハラなんてしないんだろうな』ということです。社会がセクハラを許さない雰囲気になったから止める――。社会が厳しくなったことで、『危ない、危ない』と簡単にやめてしまった。私はむしろ、その程度の軽い気持ちでセクハラやパワハラをしたことが許せなかった。いま、いくら真面目な人になっていようと私にとって辛かった過去はずっと忘れられない記憶なんです」
ペス山氏は、この作品は「読む人によって感想が違うと思います」と語る。自身の体験を赤裸々に描いた作品を通して伝えたい想いとは何だったのか。