誰もが「自分らしく」生きられる社会になったことで、「自分らしく生きられない」「夢をもつことができない」若者たちが苦悩するようになってきたという。最新刊『無理ゲー社会』でリベラル化する社会の生きづらさの正体を解き明かした作家・橘玲氏が、なぜ今若者たちが「夢の洪水」に溺れかけているのか、その背景について考察する。
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2021年2月25日、日本経済新聞の見開き全面広告で「ウソつきをヒーローにしよう」という「April Dream」なるプロジェクトが告知された。エイプリル・フールの「ウソ」をやめて、4月1日はみんなが「夢」を発信するヒーローになり、小さな希望をつくってみるのだという。「日本で一番ウソつきが多い日を、日本で一番夢を語るヒーローが多い日にできたら、明日が、そう、未来がもっと叶えたいことでいっぱいになれる」のだそうだ。
このプロジェクトはこれが2回目で、2020年には200社を超える企業が「夢のプレスリリース」を発信したという。もちろん私は、この“善意”を批判する気は毛頭ない。不思議に思うのは、すでに日本には「夢」があふれているのに、これ以上「夢」が必要なのか、ということだ。
大学で学生のキャリア支援を行なう高部大問は、若者たちが「夢」に押しつぶされていく実態を「ドリーム・ハラスメント」と名づけた(*)。
【*参考:高部大問『ドリーム・ハラスメント 「夢」で若者を追い詰める大人たち』イースト新書】
大学生は就職活動で、「あなたの夢を教えてください」「10年後どうなっていたいですか」などと必ず訊かれる。高部のところには、「夢なんて無いんですけど、どう答えればいいんですか」という相談が次々とやってくるという。
これは大学生だけのことではない。高校でキャリア教育の講演をしたとき、ある生徒は「夢を持つことを強制されている」と高部に訴えた。「小学生のときに夢を具体的に決めるように強制されて以来、将来の夢という言葉が嫌い」「夢が無いことがそんなにダメなのか」「夢に囚われずに生きたい」というのが若者たちの本音だという。これはいわば「夢のファシズム」で、現代の若者は、大人や社会が「夢をもたせよう」とすることをハラスメント(虐待)と感じているのだ。
なぜこれほど日本の社会に「夢」が氾濫するのか。高部はそれを「大人の都合」だという。