実は本作の視点は3点あり、1つは同乗した城山や警察庁警備課の〈森安〉の監視の下、理不尽な任務にそれでも全力を傾ける井澄。今1つは中北村の石油備蓄センター前で謎の交通規制との一報を受け、後輩記者〈木月〉と急行した東日本新聞青森支局記者〈都倉佐貴子〉の視点だ。中北にはエネルギー関係の一大施設があり、確かに巨大コンテナが続々と列を成すなど、きな臭いことこの上ない。
そして東青森を土曜早朝に出て翌日昼に着くルートを見出し、計12人の運転士の手配に奔走する井澄にも中身は知らされないまま列車は出発。そこに震災に人生を奪われた福島の元主婦〈河本尚美〉の視点が合流し、3つが縒り合う交点に像を結んでいくのだ。
運ぶ中身が液体か固体か、〈揺れ戻し〉の感触でほぼわかるという運転士たち。対して保身や事実の隠蔽に忙しい各業界の上層部や、この国の未来を本気で憂うあまり暴走する人々など、立場が違えば正しさも違うことの象徴のような物語だ。
正論から暴挙に出る勢力もある
「むろん彼らの活躍をハラハラしながら見守り、楽しんでもらうのが一番ですよ。なんだけど、例えば電気や物流一つとっても、我々の生活が何によって支えられ、原発でいえば燃料の輸送や廃炉にいくらかかるかも、メディアが広告出稿に縛られて何も言えない状況では、みんなが知らされていない。だから何も知らない国民に何としても知らせなきゃと、正論から暴挙に出る勢力も出てくるわけで、結局知ることからしか、議論も何も始まらないと思うんですね。
そうやって少しずつでも知識を広げ、方策を考えるきっかけになれば嬉しいし、知らなかったことを知り、新しい感情と出会うことで、読者も感情的に盛り上がるだろうと。つまり知るは、オモテナシでもあります」
そう。本作の場合、正論はむしろ妨害する側にあり、敵味方が局面次第で逆転し、その敵にも各々プロ意識があったりと、一面的な善悪では到底語れないタイムリミットサスペンスなのだ。
「あんまり話すとネタバレになっちゃうけど、これは彼らが各々のミッションをクリアするまでの物語で、あとは現実と比較するなりして、我々は我々の日常を一所懸命に生きるしかない。何かしらモヤモヤが残るとしたら、それは現実にどうにかすべき問題なんです。
むろん政府は我々国民の意見なんか聞きやしない。ただその政府を選んだのも我々で、その中で何をどうすれば少しはよくなるのか、考え続けるしかないのは、登場人物も同じなんです」
まっすぐに伸びた鉄路を前へ前へとひた走るだけでスリリングな鉄道は、まさに物語を生む格好の装置。そのちょっぴり苦い後味は、私たちの日常に託された。
【プロフィール】
真保裕一(しんぽ・ゆういち)/1961年東京生まれ。アニメディレクターを経て、1991年『連鎖』で第37回江戸川乱歩賞を受賞しデビュー。1996年『ホワイトアウト』で吉川英治文学新人賞、1997年『奪取』で山本周五郎賞と日本推理作家協会賞、2006年『灰色の北壁』で新田次郎文学賞。その他『栄光なき凱旋』『覇王の番人』等作風は幅広く、映像化作品も多数。また映画『ドラえもん のび太の新魔界大冒険』や『鋼の錬金術師 嘆きの丘の聖なる星』等の脚本も。167cm、64kg、O型。
構成/橋本紀子 撮影/国府田利光
※週刊ポスト2021年9月10日号