8月初旬に同時発売した佐藤愛子さんの最新刊『九十八歳。戦いやまず日は暮れず』と、文庫本『増補版 九十歳。何がめでたい』の同時重版が決まった。全国書店のベストセラーランキングを席巻する2冊の人気の秘密について、ブックジャーナリストの内田剛さんに分析してもらった。
「今日の朝日新聞に出ていたこの本、置いてるかしら?」午前10時、千葉県八千代市にある「くまざわ書店八千代台店」の開店とともに入って来たのは、朝日新聞朝刊に載っていた本の広告の切り抜きを手にした60代の女性。佐藤愛子さんの最新エッセイ集『九十八歳。戦いやまず日は暮れず』を求めて書店を訪れた常連さんだ。お店にはいま、連日こうしたお客さんが訪れているそうだ。佐藤さんの笑顔の絵とタイトルが載った大きな手作りポスターを店長と一緒に制作した、文芸書などを担当する書店員の青柳亜希さんの話。
「もともと趣味で漫画を描いていまして、画用紙に下書きをした上で切り絵を貼ってディスプレーしています。私のお店は年配のかたがメインで、60代から90代まで常連のかたがたくさんいらっしゃるのですが、新聞広告を手に来られるかたがとても多いです。佐藤さんの本は、新刊が出るたびに売れていますが、今回、最後のエッセイ集ということで、とりわけ力を入れて展開しています」
『九十歳』と『大往生』『老人力』の違いとは
ブックジャーナリストの内田剛さんは、前作『九十歳。何がめでたい』(以下『九十歳』)が発売された頃、大手書店の書店員として感じた“異様さ”をこう振り返る。
「長く文芸書を担当していたのですが、その中でも老いをテーマにしたエッセイの棚に置く本は、棚回転もいいし非常に堅調に売れるものが多いんです。でも、あまりド派手に売れる棚じゃありません。そうした中で発売された佐藤さんの『九十歳』も、きちっと表紙が目立つように“面陳”して普通に売っていたのですが、気がつけばもう売り切れてしまって重版の入荷も追い付かない状態。手堅い老いの棚を超えて、一般書のベストセラーになり、すぐに売れ筋の本の棚に移したのを覚えています。
それまでも老いをテーマにした本でベストセラーになったものがなかったわけではありません。私の経験では、永六輔さんの『大往生』や赤瀬川原平さんの『老人力』、日野原重明さんの『生きかた上手』なども老いの棚から大ベストセラーになりました。しかし『九十歳』はそれらの売れ方と明らかに違ったんです。どうしてだろうと思っていたのですが、ある時テレビで、小学生の女の子がおばあちゃんの気持ちがわかる本だと思って買ったという紹介がされているのを見て、とても腑に落ちました。世代を超えて読まれる本はベストセラーになるんですが、とはいえ普通は2世代まで。3世代が読んでいるというのは初めてで、とても驚きました」
当時は忙しさにかまけて読んでいなかったという内田さんは、今回じっくり読んでみて、売れた理由がとてもよくわかったと言う。
「もう佐藤愛子にしか書けない語り口、説得力、本音が存分にあって、老いをありのままに受け入れて、それを本音でフラットに書いています。だから読者が老いも病気も笑い飛ばせるような面白さ、おかしさがあるんだけれど、それだけではないですよね。私がいちばん感じたのは、覚悟のある人生に後悔はなし、ということ。大正生まれの佐藤さんの心意気というか揺るがなさが、こうした混沌とした世の中で格好よさ、憧れの存在として受け入れられたんだろうと思いました。
さらに言えば、爆発的に売れたのは、そうして読んだ人が、誰かに伝えたい、プレゼントしたいと思ったのも大きかったと思います。新書サイズのハードカバーにしたことで、買いやすさ、読みやすさともう1つ、プレゼントのしやすさも加わって、おひとりで2冊、3冊と買っていかれた人が多かったのも覚えています」