近年、育児や教育の分野で“ありのままの自分を認める気持ち”を表す「自己肯定感」がキーワードになっているが、老後においてもその気持ちは重要だ。仕事の成果や肩書を自己肯定感のよりどころにしていた人は、定年後に「自分」をどう捉えていいか、わからなくなる危険がある。
ライターの林美保子氏は、昨夏上梓した著書『ルポ 不機嫌な老人たち』(イースト・プレス)の取材を通して、老人たちが抱える不機嫌さに向き合ってきた。飲食店や病院など、行く先々でトラブルを起こしがちな老人たち……。彼らの胸の内にあるのは、孤独や不安だ。
「特に仕事しかやってこなかった人は、定年退職を迎えると、自分の土台になっていたものを失うことになってしまいます。今の65歳は肉体的には元気なのに、仕事を取り上げられてしまうんです。
取材の中で、『現役時代は、毎日が日曜日のような生活は楽しそうだと感じていたけれど、実際は身の置きどころがなく感じた』と話す方もいました。『定年後はのんびりすればいいや』程度に思っていたら、案外辛く感じたりするようです。やるべきことを失い、第二の人生をどう過ごすべきか見つけられないうちに酒浸りになり、肝硬変で亡くなってしまった人を知っています」(林氏)
華やかな肩書を持っていた人ほど、“いち老人”になってしまった自分を認めることに苦労する。お偉いさん扱いされていた時代を忘れられず、つい横柄に振る舞ってしまって、周囲をウンザリさせてしまいかねない。林氏は、不機嫌な老人化を防ぐ術として、「横社会に慣れておくこと」を挙げる。
「社長も教授も退職すれば、ただの老人です。ずっと縦社会で過ごしてきたら、上下関係のない『横社会』でのコミュニケーションに悩むことでしょう。どんなに立派な肩書を持っていようが、趣味の世界やボランティア、友人関係などでは『だから?』という話です。定年前から横社会に慣れておき、仕事以外の場所でも人間関係を築いておくことが、幸せな老後を過ごすことに繋がるはずです」(林氏)