2021年8月、ホームレスや生活保護者の命を軽視する発言を、登録ユーザー数250万人を超えるユーチューバーが発信して炎上した。新型コロナウイルスの感染拡大も第5波まできたいま、失業と貧困、住む場所を無くす事態は誰にも降りかかる可能性がある。俳人で著作家の日野百草氏が、2020年11月にホームレス女性が殺害された渋谷区のバス停を改めて訪れ、住む家がなくなった人を取り巻く環境や人々の存在などについて考えた。(文中一部敬称略)
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「なにも殺さなくてもね」
東京都渋谷区幡ヶ谷、軽装の高齢男性を近所の方とみて話しかける。近くのマンションに住んでいるそうで、あの日のことはよく憶えているという。おっしゃる通り、「ホームレスの命なんてどうでもいい」と思うだけなら自由だが、それを放言して日本中に発信したり、ましてや危害を加えたりする必要はない。これは素朴な大前提だ。
「もう花も置いてないし、みんな忘れてるんじゃないかな」
あの日のことはよく憶えているという。
「女性はここに腰掛けてたね、寒いのに行くとこないんだろうなと思ってはいたけど、まさかあんなことになるなんてね」
通りかかる多くの人は話をしてくれなかったが、この方はわざわざ幡ヶ谷原町のバス停まで来てくれた。話の通り、献花はもうない。
「渋谷だからって誤解されるけど、この辺は住民以外あまり来ないからね
人によっては渋谷といえば渋谷駅周辺や原宿竹下通りなどを想像するかもしれないが、この幡ヶ谷も住宅と中小事務所が混在する閑静な下町だが「渋谷区」である。
「女性もここなら休めると思ったんだろうね」
幡ヶ谷原町のバス停(渋谷方面行き)は最寄りの幡ヶ谷駅から少し下ったところで距離がある。2020年11月21日の朝、このバス停で女性ホームレス(64歳)は頭を殴られて死んだ。住むところがなく、やむなくバスの運行時間外を避けてこのバス停で休んでいたのだろう。それだけで殺された。女性を殺したのは吉田和人(46歳・当時)。渋谷にマンションやアパートを所有する資産家の息子だった。実家の酒屋を手伝い、地域のボランティアで清掃活動をしていた。逮捕後「バス停からどいてほしかった」とうそぶいたが、もしやこれも「清掃活動」だったのかと思うと薄ら寒くなる。犯行の前日「金あげるから」とも言ったが女性は断った。それは当然でお金をもらういわれはないし、バス停もこの幡ヶ谷も吉田のものではない。
「でもね、酒屋さんも馴染みのご近所さんだからね、この辺は古くから住む人も多いんだ。息子がしでかしたからって、親は悪くないしね」