11年間にわたりアジア各地を股にかけて活躍してきたワシントン・ポストの東京支局長、サイモン・デニヤ氏(58)が、3年の任期を終えて母国イギリスに帰る。ピューリッツァー賞(温暖化を検証する報道チームの一員として2020年に受賞)はじめ数々の賞に輝く敏腕ジャーナリストだが、最後は疑惑を抱えて離日することになってしまった。
本社は「本人の希望に沿った定期異動」としているが、ちょうどリベラル系ニュースサイト「デイリー・ビースト」が同氏の北京勤務時代のセクハラ疑惑を報じたばかりだったため、揣摩臆測を呼んでいる。同サイトは「インテリ向けタブロイド・ペーパー」を自負し、政治、メディア、ポップカルチャーを得意とする。
「デイリー・ビースト」は8月2日付で、デニヤ氏のかつての同僚記者であるフェリシア・ソムネズさん(38)が本社首脳陣の「セクハラ隠蔽」を取り上げて告訴した、とスクープしたのである。さらに高級誌「ワシントニアン」や、ジャーナリストのバイブル「コロンビア・ジャーナリズム・レビュー」が問題を取り上げるに至って、アメリカのジャーナリズム界全体を揺るがす騒動に発展した。
いまやセクハラはアメリカのVIPやエリートにとって最も怖い致命傷になる。デニヤ氏は2013~2018年の5年間、北京支局長を務めたが、当時、欧米の北京特派員社会はセクハラ醜聞の嵐が吹き荒れていた。そのなかで最大のスキャンダルが、当時ロサンゼルス・タイムズの北京支局長が起こした連続レイプ疑惑だった。当時北京特派員だったソムネズさんと法律専攻の大学院生をレイプしたとして告訴され、支局長は最後まで「合意のもとだ」と主張したが、タイムズ本社は内部調査の結果、同氏を事実上解雇した。
この事件はあくまでも氷山の一角とされ、北京特派員による同僚女性記者や中国人社員に対するセクハラは日常茶飯事になっていたという。もちろん当時のデニヤ氏は北京の外国特派員クラブの大物で、いわば同志である解雇された支局長を弁護したが、結果は変わらなかった。
そのデニヤ氏の行動に怒ったソムネズさんは、今度は標的をデニヤ氏に移した。同氏からセクハラを受けたとする数人の被害者の証言を集めて本社に直訴したが、首脳陣は「職務に支障をきたすようなことはなかった」と結論付け、デニヤ氏への訓戒で幕引きしたのである。その一方で、ソムネズさんはセクハラ報道チームから外され、関連記事の取材・執筆を一切禁じられてしまったという。彼女は「デイリー・ビースト」にこう語っている。