新型コロナウイルスによる肺炎を発症し、82歳で亡くなった俳優・千葉真一さん。国内外のメディアがその死を悼み、業績を称える記事が多数発表された。1960年に俳優デビュー、1970年代からアクション俳優として世界的に知られた存在だが、若き千葉真一さんと同時代にもう1人、世界を驚かせたスターがいた。千葉さんが生前に「あの人の武術は奥が深い。神業のようなものを持っていて、さらに哲学もあった。本物だった」(2013年のコメント)と称賛したブルース・リー(1940-1973)だ。映像業界に造詣の深い作家の榎本憲男氏が、その凄みについて解説する。
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海外でも活躍したアクションスター千葉真一の死は、アクションスターが過去のものになりつつあることを強く印象づけた(いきなり話が逸れるが、千葉真一の出演作で個人的に一番印象深いのは、アクション映画ではなく、山田太一脚本のテレビドラマ『深夜にようこそ』での傷ついたエリート社員の芝居である。あれはよかった)。
いまでもアクションスターの称号が付く俳優は、1980年代から香港、中国、ハリウッドを股にかけて活躍するドニー・イェンくらいだろうか。日本ではまったく見かけなくなってしまった。そしてこのアクションスターの源流にブルース・リーがいる。
映画史を詳しく見ていけば、もちろん別の名を上げることはできるだろうが、僕ら世代、つまり『燃えよドラゴン』(1973)を中学生の頃に体験してしまった世代にとっては、やはりブルース・リーなのだ。僕らは『燃えよドラゴン』でブルース・リーに出会った。この時の衝撃はいまの若い人にはわからないだろう。スゴかった。とにかくスゴかった。熱にうかされたようになった。日本全国の中学校の教室では、『燃えよドラゴン』を見た男子の「アチョー!」という叫び声がこだましていたと断言できる。
当時少年だったボクらの目に、ブルース・リーのアクションはこれまで見たものと、まったくちがって映った。どうちがったのか。まずは速さである。とにかく、手と足のスピードが速い。これまですべてのアクションが鈍重に感じられるほどに、である。最近、総合格闘技の実況中継で「まばたき厳禁」というフレーズをときどき耳にするが、ブルース・リーのアクションはまさにそれだった。しかも、発掘されたデモンストレーションの映像はさらに速い。映画用にすこしスピードを落としているのではないかと疑われるほどだ。
もうひとつの魅力は高さである。頭部へのハイキックや、回転後ろ回し蹴りを僕らは映画で見たことがなかった。上段回し蹴りから回転しての後ろ回し蹴りにつなげる流れのよどみなさと、鮮やかさに見とれた。ブルース・リーはダンスも得意だったというが、彼の優雅なアクションはある意味では舞踏である。そして舞踏は映画を魅力的にする重要な要素であることは言うまでもない。