藤井聡太、19歳にして三冠に──史上最年少の偉業を達成した一局では、終盤の妙手が衝撃的な印象を残した。
「藤井さんが豊島(将之)さんに挑戦した13日の叡王戦最終第5局で103手目に『9七桂』を指した瞬間、解説者も『(思考が)追いつかないですね……』と声を漏らした。対局を中継していたABEMAの画面には、AI(人工知能)が推奨する候補手のベスト5が表示されるが、『9七桂』はそこにない妙手で、豊島さんはその8手後に投了。最近はAIの表示があり、解説するプロ棋士が中継で驚きの声を上げる場面は減ったが、今回は例外でした」(観戦記者)
将棋のオールドファンなら、解説者が声を上げた場面として、1988年度のNHK杯で加藤一二三九段を相手に、18歳の羽生善治五段(当時)が指した「5二銀」を覚えている人がいるかもしれない。解説者の米長邦雄九段は「おお! やったー!」と大声で驚きを表現した。
今回の9七桂は、その5二銀に匹敵する一手なのか。33年前の“当事者”である加藤九段に聞くと、意外な答えが返ってきた。
「藤井さんの指した9七桂というのは、私は当然の一手だと思いました。解説者から驚きの声が上がったと聞いていますが、おそらく9七桂はプロの棋士が100人いたら98人は指すはずの手なんですよ。私の考えでは残り30秒、もしくは10秒でも指せる手です。今回に限ってはこの手以外にいい手がなかったんです」
そのうえで加藤九段は、意外な経験を明かした。
「実は私も似た局面で桂馬を跳ねたことがあるんです。1969年1月、大山康晴さんから十段のタイトルを奪取した対局でのことです(後手番だったので指し手は『1三桂』)。だからこそ今回、私は即、9七桂が当然の手として浮かんできた次第です」
AIが推奨する候補手に入っていなかったことについてはこう話す。
「AIともあろうものが、9七桂を選択肢に入れていなかったのははっきり言って意外も意外の驚きでもあり、私にとっては理解不可能という感じですね。終盤の大詰めになってくるとAIの判断は正確になると言いますけれども、この手が選択肢に入っていなかったのであれば、AIは技術の向上を目指す必要があると思いますね」
一方で、かつて自らを追い込んだ「5二銀」についてはこう振り返る。
「羽生さんがNHK杯で見せた妙手は伝説の一手と言えます。簡単に思いつく手ではありませんし、羽生善治の天才性をはっきり示した一手だったと思いますね。何年経ってもファンの方から『あの一手は凄かった』と言われるほどでした」
ただ、藤井三冠の今後の活躍について加藤九段は大きな期待を寄せる。
「藤井さんには今のところ欠点がひとつもありません。秀才型の天才で、研究も非常に良くしているし作戦を立てるのも上手い。藤井さんの戦い方を一言で言うなら、『肉を切らせて骨を断つ』でしょう。まずは相手に攻めさせてから、それを上回る致命的な手を指す。難局を切り抜ける術をしっかり身につけている」
破竹の勢いで進む藤井三冠に、死角は見えない。
※週刊ポスト2021年10月1日号