新型コロナによって、日本の医療現場が大きな影響を受けている。終末期のがん患者を受け入れる緩和ケア病棟が、新型コロナ病棟に転用され、行き場を失った患者も少なくない。そこで、いま注目されているのが「在宅医療」だ。
『週刊ポストGOLD 理想の最期』では、ジャーナリスト・岩澤倫彦氏が最期まで自宅で過ごす患者と家族、それを支える医療者の現場をレポートしている。
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「おじいちゃん私だよ! 元気にしている?」── タブレットの画面から呼びかける孫娘に、男性患者は右手を少しだけ上げて応えた。その顔には戸惑いと嬉しさが入り混じる。
進行がんの悪化で男性が入院した病棟は、新型コロナの感染防止のために面会謝絶だった。今回、病院の配慮でタブレット越しに家族と会うことができたが、やはり直接面会するのとは違う。
新型コロナ禍になって以降、がん終末期の患者が家族や親しい知人と面会できず、病院で孤独に人生の終わりを迎えている。
去年、日本人の死因トップは、「がん」で約37万8000人。2位は「心疾患」約20万人、3位「老衰」約13万人と続く。一方、新型コロナによる死亡は3466人だ。
新型コロナ以降、入院中の面会謝絶が原因で、在宅医療を選ぶ人が増えている。
自宅でなら「食べられる」
“食止め(しょくどめ)”という医療者が使っている言葉がある。患者の食事を中止する措置のことだ。 福島県いわき市で、在宅療養の患者を訪問している岩井淳一医師(山内クリニック)は、こう語る。
「病院では、進行がんの患者などが吐血した場合、“食止め”して点滴に切り替えるのがセオリーです。しかし、在宅医療では本人が希望すれば、リスクを納得してもらった上で食事を継続することもあります。好きなものを食べることは喜びになり、元気につながる。甘いものが好きならアイスクリームでもいいんです」
岩井医師の専門は救急医療で、現在も週2回、いわき市の救命救急センターでの勤務を続けている。その2つの異なる分野を経験したことで、治療後の患者のことを考えるようになったという。
「高齢者の末期がんで在宅療養を選ぶ人が増えていますが、急変すると家族が動転して救急搬送されるケースが度々あります。その時は、救命できても、元の元気な身体に戻ることはまずありません。
また、患者が食事をとれなくなると、家族が点滴を希望することが多いです。しかし、食事を受け付けないのは老衰と考えるべき。無理に点滴をすると、むくみや痰を引き起こして、かえって患者は苦しくなります」
そこで、岩井医師が勤務するクリニックでは、訪問診療を開始する前に、患者と家族、ケアマネジャーを交えて「人生会議」をしている。これは、患者自身が意思表示できなくなった時を想定して、「死に方」を家族や医師を交えて話し合い、共有するものだ。人生会議の一部始終を取材した。