9月23日の大相撲秋場所12日目、結びの一番で新横綱・照ノ富士が関脇・明生の下手投げで不覚を取った。独走状態だった照ノ富士の横綱昇進場所での優勝に待ったをかけた。ただ、番狂わせがあった際によく見られる「座布団が舞う」という光景は見られなかった。相撲担当記者が語る。
「本場所の土俵で横綱が格下の力士に負けるなど、番狂わせの一番に対して座布団を投げてお祝いをするのは、『座布団の舞』と呼ばれる。投げられた座布団が他の観客や力士に当たって危険なので“座布団を投げないでください”と館内放送が流れるし、入場者に配布される取組表にも“座布団や物を投げて人に怪我をさせた場合は、暴行罪・傷害罪に該当する場合があります。物は絶対に投げないようにお願いします”と書かれているが、座布団を投げるのは勝った力士に祝儀であると同時に横綱へのヤジでもある。座布団が舞うほど価値ある一番だったことになり、その光景が見られるのは本場所を観戦した者の特権ともいわれている」
座布団投げの起源は、江戸時代に遡るとされる。元々は「羽織投げ」と呼ばれ、観客が贔屓の力士が勝った際に土俵に羽織を投げるという習慣があり、その羽織を返却してもらいに行く時に祝儀を渡した。その羽織投げの習慣が座布団投げに引き継がれているという。
最も多くの座布団が飛んだといわれるのが、1975年の大阪場所で大関・貴ノ花が横綱・北の湖を優勝決定戦で破った一番だといわれている。のちに北の湖が「花道を下がりながら天井が見えなかった」と言ったほどだ。
平成の大横綱・貴乃花光司氏は本誌・週刊ポスト(2021年9月17日発売号)のインタビューで、こう語っていた。
「自分が負けた後に座布団が舞ったり、うなだれたところに座布団が当たったりすると余計に心が痛みます。一方で、自分が負けて喜んでいるお客さんがいると、入門した時に師匠から“負けて喜ばれる存在にならないと力士をやっている意味がないぞ”と教わったことを思い出した。花道を下がりながらいろんなことを考えるわけです」
もちろん、人に当たれば危険という面はある。2008年の九州場所では試験的に座布団を投げられないように工夫を施した。“2人用”の座布団を用意したうえで、2枚をヒモで結んだのである。その結果、桝席で4人のうち1人でも座っていると座布団が投げられなくなる。この方法がそれ以降も採用される九州場所では、座布団が舞わなくなった。