放送枠が持つ視聴者のニーズと作品としての新鮮さをどう両立させるか、ドラマ制作者の腕の見せどころである。ドラマウォッチを続ける作家で五感生活研究所代表の山下柚実氏が分析した。
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見れば見るほど新鮮。残り1ヶ月となったNHK連続テレビ小説『おかえりモネ』は、今まで見たことのないパターンの連続と言えるのではないでしょうか。その理由を挙げるとすれば……。
【1】主人公の若く美しい女性が、伏し目がちで自信も笑いも少なく、キラキラ感を抑えた新しいヒロイン像であること。
【2】物語がドラマチックに展開しそうなところも敢えてブレーキ。派手なドラマツルギーは摘み取っていく私小説的な作風。
【3】自己肯定感が他国に比べ低いと言われる日本人を正面から映したような、内省的な描き方。罪悪感・トラウマの解消が中心テーマという設定。
「若さ」「ドラマチックな展開」「自己肯定感」の三つを敢えて封印した異色作と言えないでしょうか。
主人公・百音を演じる清原果耶さんはまだ19才です。しかし百音のキャラクターは伏し目がちで迷ったり悩んでいる表情が多く、あれこれと逡巡するシーンが目に付く。うら若き女性の弾ける感じがいつ現れるのかと思いつつ、すでに5ヶ月が過ぎました。いくら清原さんが大人びていると言っても、それ以上に脚本の設定が「箸が転んでもおかしい年頃」を封印した。その点がユニークです。
【2】の「ドラマチックな展開を封印」した事例でいえば、百音と同じ東京のシェアハウスに暮らす宇田川さんの正体が、「明かされなかった」ことが象徴的でした。人づきあいが苦手で夜にガタガタ、ゴトゴト音をたてる宇田川さんという不思議な存在。いったいどんな人なのかと視聴者の憶測は盛り上がった。しかし結局は、故郷に戻ることになった百音に絵を贈っただけで、最後まで宇田川さんという人物が画面に登場することはありませんでした。
通常のドラマならば、ひっぱってきた「謎」の種明かしをしてみせて、その人が物語に絡んで予想外の方向に展開していく……といった手段を使うところ。脚本家は敢えて正体を明かさず、「みなさんで考えて」とボールを投げ返したのです。ドラマツルギーの封印という斬新な手法です。
【3】については、3.11の津波を体験しなかった百音。故郷に居なかったことを「後ろめたい」と思い罪悪感のようなものを抱え続けている。この朝ドラは簡単に言えば、トラウマをどう解消していくかが、最大のテーマになっています。
しかし、「震災の時にいなかった」ことは、彼女の罪なのか。本人の意図を超えた自然災害・津波を「見なかったことがそんなに悪いことなんでしょうか?」という視聴者の疑問も時々耳にします。
もちろん、自分のせいではない。そんなことわかっていても、しかしどこかでこだわり続けてしまう自分がいる。そんな繊細な心のあり様を描いた内省的ドラマなのです。
時に空気を読みすぎたり他に同調を求めすぎたり細かなことにこだわりすぎたりする日本人の特性、否定的な思考に陥りがちな国民性を映してもいる。そうした人の心の中に降りていき感情の揺れを細やかに丁寧に描いています。
従来の朝ドラの、明るくさわやか、優等生、しっかり者で前向きでといった主人公の定番イメージを覆していく異色のドラマになった理由ではないでしょうか。