西城秀樹さん(享年63)がデビューして今年で50年になる。情熱的な歌唱スタイルと激しいパフォーマンスは多くのファンを惹きつけ、数々の伝説を残した。その1つ、1985年に日本武道館で開催されたコンサートがNHK・BSプレミアムで放送された。このステージが「伝説」になった理由をいま、解き明かす。
「鳥肌が立った」、「伝説の大スター」──。10月2日の夜、西城秀樹さんに向けられたコメントが、ネット上にあふれていた。この日、NHKは『伝説のコンサート 西城秀樹デビュー50年スペシャル』(BSプレミアム)と題して、1985年1月に日本武道館で開催されたコンサートのリマスター映像を放送した。最新技術で「4K画質相当」に復元された映像美は、多くの視聴者を魅了。コメントは番組を見た視聴者が書き込んだものだ。
そのコンサート当日のこと。普段は朝にめっぽう弱い西城さんが、その日だけは朝5時に目を覚ました。興奮して寝付けなかったのだという。いまなお人々の胸を打つコンサートは、それだけ西城さんにとっても特別な意味を持つステージだった。
悩んでいた時期に決めた「50曲歌っちゃおう!」
西城さんは1972年に歌手デビューすると、年間4~5枚のハイペースでシングルレコードを発表。名実ともにトップアイドルの道を歩んでいた。その西城さんに“迷い”が生じたのは、デビュー11年を迎えた頃だった。
「西城さんは1983年1月に、それまで所属していた事務所から数名のスタッフを連れて独立しています。しかし独立後はなかなか思うようにいかず、人気にも陰りが見え始めました。その焦りやプレッシャーの影響もあったのか、翌年2月に体調を崩して、しばらく入院生活を送っています。この頃、今後の活動について自問自答を繰り返していたようです」(ベテラン芸能記者)
退院後の1984年秋、西城さんにとって50曲目の節目となるシングルの発売が決定する。これを受けて西城さんが開催を決めたのが、伝説として語り継がれることになる冒頭のコンサートだ。当時から長年にわたり西城さんのマネジャーを務めてきた片方秀幸さんが語る。
「それまでの秀樹さんのコンサートは、洋楽などのカバー曲からスタートして、後半で自分の曲をいくつか披露するというのが定番でした。でもあの武道館コンサートは、秀樹さんから『全部シングルだけで50曲歌っちゃおう』という提案がありました。スタッフからは、『50曲は無謀だろう』という声もあがりましたが、全曲シングルでの開催が決定しました」
全シングル50曲を歌いきるという前代未聞の決断に、西城さんは強いこだわりがあった。当時29才の西城さんは、その心境を『週刊明星』(1986年5月29日号)でこう語っている。