“秋の新作”が続々とスタートする。視聴者の分析の結果なのか、ドラマの世界でも多様化が進んでいるようである。ドラマウォッチを続ける作家で五感生活研究所代表の山下柚実氏が指摘した。
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妻と久しぶりに手をつなぐ中年の男。夜景を背に、触れあう二人の指先、照れた表情が印象的。「心がほっこり温かくなる」「琴線に触れる」と話題になったCMがAmazonプライム「その特別な時間が、きっといちばんの特典です」版。
仕事でいつも忙しい中年夫婦は、すれ違いばかり。相手のことを思いやる精神的な余裕も時間もない。そんなある時、夫は冷蔵庫の扉に貼られたメモの奥に、昔妻がくれた「いつでもこの頃に戻れる券」を見つけた。あの頃に戻ろう--そう思い立ち、仕事終わりの妻を迎えに行く……。
たった十数秒の映像が詩情豊かに心に届く。ごく短い時間でメッセージを伝えきる役者さんたちの力もすごい。演じている彼ら自身「役者冥利に尽きる」はず。実は二人は本当の夫婦-北村有起哉さんと高野志穂さんの共演ということでも注目を集めました。
このCMが共感を呼んだポイントに「中年の味」が隠れていると思います。人生経験を重ねて酸いも甘いもかみ分けているからこそ、短くシンプルな中に温かみや深みが表現できるのではないでしょうか。
そう、北村さんはデビューから23年目、47才のベテランです。個性的な役柄でさまざまなドラマや映画に登場してきた、いわばピリリと効く山椒のようなバイプレーヤー。その北村さんが秋のドラマで「初めて連ドラ主演の座を掴んだ」というのだから嬉しい驚き。
AmazonのCMが中年のロマンとユートピアを描いているとすれば、北村さん主演のドラマ『ムショぼけ』(ABCテレビ 日曜午後11時55分/テレビ神奈川 火曜午後11時)は、さしずめディストピア風ヒューマンコメディか。主人公の陣内は14年間刑務所に入っていた元ヤクザ。不器用で曲がった事が許せない陣内は、敵方の親分を射撃して刑務所へ。その間に自分の組から破門され妻には離婚され子どもたちも失った。14年ぶりに出所してシャバの空気を吸うと……すでに世の中はガラッと変化している。
コンビニの袋は有料化され料金を請求されるし、タトゥーはもはや任侠のアイコンではなく一般人の趣味になっていて、両腕を見せても誰もおびえない。好きな場所で煙草を吸う自由もなくなり、スマホがなければ市民権さえ脅かされる日々。まさにディストピア……。
たった14年という時間が、実に大きな落差を生み出している。一見何の変哲も無い日常の風景の中にある違和が少しずつ見えてくるプロセスが面白怖い。まるで今浦島太郎物語のようです。
長期服役による「拘禁反応」、つまり「ムショぼけ」をテーマとした異色作ですが、同名の原作(小学館文庫)著者・沖田臥竜氏はまさしく元ヤクザ最高幹部。つまり実体験がベースとなっている原作だけあって奇妙なリアル感が満載です。プロデュースは『ヤクザと家族 The Family』や映画『新聞記者』等を手がけた藤井道人監督が担当し、エッジを効かせたブラックな笑いに包まれつつ泣かされるヒューマンコメディに仕上がっています。
尼崎のロケなど丁寧に撮影された映像に遊び心が宿った演出もいい。何より主人公・陣内役の北村さんが、ぴたりとハマっています。