仏頂面で腕を組み無言のままベンチに座る──球史に数多いる監督の中でも毀誉褒貶が激しいのが、落合博満だ。そんな彼の素顔に肉薄したノンフィクション『嫌われた監督』(文藝春秋刊)がベストセラーになっている。著者の鈴木忠平氏が本誌に特別寄稿した。(全4回の第1回)
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なぜ今、落合博満なのか? 最近、人からこう問われることがある。拙著『嫌われた監督』を含めて、今年は落合に関する書籍がすでに何冊か、刊行されているのだという。
その問いに対して、私はいつも明確な答えができずにいる。だから自分の中にある、ひとつだけ確かなことを言うようにしている。
「いつか自分が死ぬまでに、落合という人物について書いてみよう、書かなければならないという使命感のようなものはずっとありました」
質問に対しては、甚だ曖昧な返答である。「なぜ、今なのか」という問いに答えていない。
だが、なぜか多くの人はそれで納得してくれる。ああ、その感覚なら、そういえば自分の心にもそれらしきものがあったような気がする、とでもいうように……。
私は2004年から2011年まで、スポーツ新聞の担当記者として、落合が中日ドラゴンズの監督を務めた8年間を取材した。決して短くないその歳月の中で、私が最も影響された落合の言葉がある。
「おまえ、ひとりか?」
この、たったひとつの問いである。
あれは落合が監督になって3年目の春のことだったと記憶している。私はあることを訊くために東京・世田谷の落合邸に向かっていた。
小田急線の駅を降りて、改札を出る。道幅の狭い商店街を抜け、住宅街を進んでいく道すがら、正直、何度も立ち止まり、引き返そうと思った。
入社7年目、28歳。私は社内でも、取材の現場でも集団の序列の後方にいた。年長者や他の誰かに命じられた場所へ行き、言われたように記事を書いていた。輪の外側で傍観することに慣れきっていた。自分ひとりで何かできるなどとは想像もせず、いつもひとりになることを避けていた。そうすることで自分を守っていたのかもしれない。
そんな末席の記者が初めて、ある人物に何かを訊きたいという衝動に駆られた。誰に言われるでもなく、ひとりドアをノックしてみようと思った。