過去にこだわるものは未来を失う――。イギリスの第61代首相であるウィンストン・チャーチル氏は生前、こう述べていた。10月12日、サッカーのカタールW杯アジア最終予選で崖っぷちに追い込まれていた日本代表がオーストラリア代表を2対1で下した。その試合の後半アディショナルタイム、中継のテレビ朝日で解説をしていた松木安太郎氏の発した言葉に、私はチャーチルの名言を思い出さずにはいられなかった。
寺川アナ:松木さん。「3戦目まで2敗したチームがワールドカップに出たことがない」とか、「3連勝したチームは確実に100%ワールドカップに出場してる」とか、さまざまなジンクスありますけれども。
松木氏:そんなの誰が言ったの?
寺川アナ:……これはもう、パーセンテージとして出ているものではありますが。
松木氏:あーーそうなの! いいよ、そんなのは。
寺川アナ:日本はこれまでそういったことを覆してきました。
松木氏:いやぁ! もうだから、今日のゲームにはもう、日本はね、強いよ!
今回の最終予選の過去3試合1勝2敗、1得点という成績を見れば、日本は弱かったかもしれない。しかし、それは過去のこと。豪州戦に目を向ければ「日本はね、強いよ!」なのである。寺川俊平アナはこう続けていた。
寺川アナ:(日本は)前回大会でも「初戦に敗れた後、W杯に出ることは100%できない」というジンクスを覆しました。
あくまでこの結論を言いたいがために、敢えて最初に良くないジンクスを持ち出したのだった。しかし、松木氏の気持ちは既にグラウンドに向いていた。
松木氏:(ボールを奪おうとする選手に)よし、取れ!
松木氏にとっては10秒前のことさえ、過去なのだ。試合中、松木氏の口からミスや失点を咎める言葉を聞いた記憶がない。この日も、後半25分にフリーキックで追い付かれた直後は「バーか……」と落胆を隠せなかったが、試合が再開するとすぐ「今ね、内田さん(※この日、一緒に解説を務めた内田篤人)言ったようにね、時間はもうたっぷりあるんだよ」「そんな悪くなってないから、これは良いと思います。大丈夫、大丈夫」「振り出しになったっていうだけだからね、おお」と気持ちを切り替えて、前を向いた。
松木劇場はここから、さらにヒートアップしていく。
後半30分、日本がチャンスを迎える。松木氏は、伊東純也がシュートを放つと「おお!」、遠藤航がこぼれ球をボレーすると「よーーし!!」、キーパーが弾いたボールに田中碧が足を振り抜くと「おお!!」とまるで自分が蹴られたボールのように反応した。
33分には相手のセンタリングに吐息のような「おい!」(この日11回目)を放ち、37分には「まだ時間はあるからね。チャンスはね、やっぱり作れますよ」と自分に言い聞かせるように話した。