仏頂面で腕を組み無言のままベンチに座る──球史に数多いる監督の中でも毀誉褒貶が激しいのが、落合博満だ。そんな彼の素顔に肉薄したノンフィクション『嫌われた監督』(文藝春秋刊)がベストセラーになっている。著者の鈴木忠平氏が本誌に特別寄稿した。(全4回の第4回)
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私が監督としての落合と最後に会ったのは、2011年の12月だった。クリスマス間近のよく晴れた日だった。
その日、私は名古屋の東部にある落合のマンションに向かっていた。落合はすでに中日の監督を退任することが決まっていて、ソフトバンクホークスとの日本シリーズを戦い終えていた。
それと前後して、私もチームの担当を離れることになった。別れの礼儀としてそれを伝えにいったのだった。
「ちょっと乗れよ」
ほとんど手ぶらでマンションを出てきた落合はそう言って、タクシーに乗り込んだ。
名古屋の中心街へと向かう車中で転勤を告げると、落合は「そうか」と言った。そして私を見た。
「ひとつ覚えておけよ」
何かの核心に触れるときの顔だった。
「お前がこの先いく場所で、俺の話はしない方がいい。するな」
私は一瞬、何を言われているのか理解できなかった。プロ野球の世界では、別れ際に「自分のことを忘れないでくれ」と言う取材対象はいても、「自分の話はするな」と言う人物は見たことがなかったからだ。
落合は窓の外へと視線を移すと、空を見上げながら続けた。
「俺のやり方が正しいとは限らないってことだ。お前はこれからいく場所で見たものを、お前の目で判断すればいい。俺は関係ない」
言葉の真意がどこにあるのか。静かな口調と、淡々とした表情からは何も読み取れなかった。
あの日もやはり、落合は問いだけを残していった。
「おお……そうか」
落合は一体、何を伝えようとしたのだろう。あれから10年が経った今も、自問は続いている。