別の女性はさらに深刻な話としてメールを返してくれた。
「右肩にひびが入ってたんです。警察にも届けましたが結局犯人は捕まりませんでした。本気で取り合ってくれないんですよね。本当に怖くて、いまもその駅には近づけません。犯人は捕まってませんし、またぶつかってくるかと思うと不安です」
怖くて駅名は言えないというが、やはり都心の巨大ターミナル駅だった。アルバイトに行く途中に被害にあったそうだが、いまもトラウマになっている。薄毛でおでこが広かったこと、一瞬笑った顔が脳裏に残っているという。周囲も助けようにも一瞬の出来事で助けづらい、犯人を抑えづらいことも好き放題の理由かもしれない。
「俺もぶつかられるってことは女性に限んないよね、やり返せない人、弱い人を狙ってやってるんだよ」
件の清掃員の男性の話、卑劣漢は社会のストレスを弱い者に向ける。SNSもそうだが叩いてもいいと決めつけ歪んだ正義を盾に容赦のない攻撃を加える。出来心でカッとする人もいるだろうが、この他人へのぶつかり行為を常習的に行い、ストレス解消はもちろんある種の快楽を得ている輩もいるのだろう。
そもそもただのぶつかりでも故意なら傷害罪は適用される。相手が怪我を負わずとも「2年以下の懲役もしくは30万円以下の罰金、 または拘留もしくは科料」である。もちろん怪我をすれば15年以下の懲役といきなり重くなる。わざとじゃないと言い訳しても過失傷害罪で「30万円以下の罰金または科料」だ。会社にも知られることとなる。それでも出没する「ぶつかりおじさん」――。
一時の歪んだ正義や快楽で仕事を失うことほど愚かなことはない。
【プロフィール】
日野百草(ひの・ひゃくそう)/本名:上崎洋一。1972年千葉県野田市生まれ。日本ペンクラブ会員。出版社を経てフリーランス。全国俳誌協会賞、日本詩歌句随筆評論協会賞奨励賞(評論部門)受賞。著書『誰も書けなかったパチンコ20兆円の闇』(宝島社・共著)、『ルポ 京アニを燃やした男』(第三書館)他。近著『評伝 赤城さかえ 楸邨、波郷、兜太から愛された魂の俳人』(コールサック社)。