北京オリンピック・パラリンピック開幕まで100日を切った10月20日、全米プロバスケットボール協会(NBA)のスター選手がツイッターで「チベットはチベットのものだ」と書き、さらに習近平・中国国家主席を「残虐な独裁者」と非難して騒動になっている。中国でこんなことを言えば「不敬罪」で死刑宣告を受けてもおかしくない“暴言”だ。
ボストン・セルティックスのセンター、エネス・カンター(29)は、トルコ出身で中学の頃から欧州リーグのユース部門で頭角を現し、高校の時に渡米するや一躍米バスケット界の寵児となった。211センチの恵まれた体格はもちろん、その技術も超一流で、かつて33得点20リバウンド(いわゆる30-20達成)という偉大な記録も打ち立てたスター選手だ。
一方で、カンターには「もう一つの顔」があり、トルコのイスラム宗教学者で社会活動家のフェトフッラー・ギュレン氏の薫陶を受けた反共イスラム活動、人権活動家としても知られている。トルコではエルドアン大統領を政権から引きずり降ろそうとした2016年のクーデターに関与したとして現政権から国際手配されている。暗殺されそうになったことすらある筋金入りの活動家だ。
ツイッターには「フリー・チベット」(チベット解放)のスローガンが書かれたスニーカーの写真も掲載されている。これはオーストラリア在住の中国人風刺漫画家と協力したアイデアとされ、カンターには世界中に同志がいることがわかる。一選手の政治的意見とは意味が違うのだ。
もちろん中国政府はただちに反撃に出た。セルティックスの試合中継やストリーミングを中止、関連商品のオンライン販売も停止された。外務省報道官は「コメントするに値しない」とカンターの声を切って捨てた。
それに対してNBAは沈黙を守っている。2年前のトラウマがよみがえる光景だ。2019年、ヒューストン・ロケッツのゼネラルマネージャー、ダリル・モーリー氏が香港民主化デモをツイッターで支持したところ、今回と同様に中国政府がロケッツの中継禁止やグッズ撤去を通告、ついにはNBAとの契約解除まで持ち出したため、チームもNBAも全面降伏して、モーリー氏は謝罪するハメになった。
NBAにとって中国は年間4億ドルを稼ぎ出すドル箱だ。中国政府が強気なのはそのマネーパワーゆえだが、どうも今回は2年前ほど強硬な姿勢ではないようだ。その理由は北京五輪にある。米シンクタンクの米中外交ウォッチャーはこう見る。
「習近平は1月に五輪会場を視察した際、『中国の先端技術は世界レベルに達した。共産党の指導と挙国一致体制で歴史的な偉業を成し遂げられる』と語ったように、五輪を国威発揚に全面的に利用しようとしている。いまだコロナに苦しむ欧米を尻目に、コロナに打ち克った証として観客をノーマスクで観戦させる計画もある。欧米からの人権問題批判はもちろん目障りだが、国際オリンピック委員会(IOC)をうまく抱き込んで、一時盛り上がったボイコット論は下火になった。バイデン米政権も、開閉会式に政府高官を派遣しない『外交ボイコット』や五輪スポンサーへの制裁程度でお茶を濁す見込みだ。その程度で済むなら、カンターの件で大騒ぎするより封殺するほうがいい……習近平の心中はそんなところだろう」