「A店の奥さん(現店主の母)もかわいそうに。息子はすっかり働く気を無くしていているし、時短要請が終わり(協力金の)お金がもらえなくなったら終わりだ、と会合に来ては泣いていました」(石橋さん)
多くの店舗が、石橋さん同様に協力金や補償金をしっかり温存していたが、中には「協力金バブル」に浮かれ、海外旅行に行ったり車を買ったり散財する事業主がいたことは筆者も取材したし、これまでも週刊誌などでも指摘されてきた。そんな人々がいるために、飲食店業界の評判が悪くなるとこぼしながら、別の業界にも暗い影を落としつつある、と指摘するのは、B店に不動産物件を貸していた地元の不動産店経営・福永和雄さん(仮名・60代)である。
「B店は確かに人気店で、ちょうどコロナが流行る直前に2軒目を出すというので、うちで契約してもらいました。ところが、すぐコロナで店の営業もままならなくなった。営業しないのかと言っても、2軒目は看板すら出さないし、本店の営業もまるでやる気なし。まあ、家賃だけは入るのでこちらとしても文句は言えないけど、そりゃ叩かれますよ」(福永さん)
「叩かれる」というのは、コロナで休業や時短営業をせざるを得なくなって飲食店に支払われた金が、いくらなんでも多すぎるのではないか、といった一部市民による問題提起である。政府は迅速な支給を目指し、一定の基準を満たす形式の書面さえ整っていれば、給付金や協力金の申請について首を横に振ることはなかった。困窮した人の元へ迅速に現金を届けることが大事、という政府の姿勢を強調していたのである。
ネットを利用した申請では遅延やシステム不備もあったといわれ、また、こうした政府の姿勢を悪用した詐欺事件も全国で多発し、何名もの逮捕者を出しているが、ネガティブな話は尽きず「飲食店ばかり金をもらってずるい」という風潮が出来上がっていることも確かだ。
「B店は、2軒目は届出だけ出して、実質営業もしていないのに、協力金を2店舗ぶんもらっていました。それがないと私のところの家賃も支払えないわけで。このまま店を再開するのならいいけど、B店のオーナーさんにやる気出してもらわないと、この先どうなることか。正月だって乗り切れないかもしれない」(福永さん)
協力金を浪費し続けてきた飲食店の行く末
石橋さんにしろ、福永さんにしろ、協力金制度を悪用する人間がけしからん、という気持ちは抱いているようだが、それ以上に気がかりなことがある。そうした店舗がこれから追い込まれ、その余波が自分にも及んでしまうのではないか、ということへの強い危機感だ。彼らにはまだ、漠然としかつかめていないこれからの危機について、東京都内で居酒屋店を営む森山優一さん(仮名・40代)が、業界全体の問題であると指摘しつつ解説する。
「月に百何十万という協力金が貰えて、それが何ヶ月も続いて、金銭感覚がおかしくなった人は少なくないです。ずっと大変な思いしていたから、協力金は国からの慰謝料代わり、なんていう人もいて、その気持ちだけは、ある程度理解もできました。でも、ほとんど営業することをやめ、協力金を浪費し続けてきた飲食店は、コロナが終わると死にます。客離れも進み、前と同じみたいに営業ができるわけない。まともにやってきた店なら、今がどういう状況かわかりますから」(森山さん)
森山さんが指摘している「状況」とは、営業せずにいた飲食店は、単純に長い間「サボっていた」から、商売人としての勘が取り戻せなくて苦労をする、という意味だけではない。飲食業界にとっては、これからクリスマス、年末という一年のうちでも最も大事な掻き入れ時に突入するが、大手企業では忘年会の開催などを今なお制限しているし、この流れは年明けまで続くものと考えられる。そうすると、いくら「通常営業」に戻ったと喜んだところで客は来ず、店の経営は依然として厳しいままだという前提を忘れてはならないのだ。