2020年に内閣府は「日本発の破壊的イノベーションの創出」を目標に「ムーンショット型研究開発制度」を創設した。産業、環境、健康などをテーマに問題解決を図る研究者たちをバックアップしていく制度である。ムーンショットとは、初めて月へ飛んだロケットのように、大胆な発想で一気に物事を解決させる挑戦のことだ。
北海道大学教授の小林泰男氏は、「牛の胃」から地球温暖化と食糧危機を同時に改善していくプロジェクトを提唱し、これがムーンショット制度に組み込まれた。
牛は4つの胃を持つが、小林氏が着目するのは1番目の胃。学術的な呼称は「ルーメン」、焼肉屋での呼称は「ミノ」である。ルーメン内に牛の食んだ草が入ると、胃内細菌が発酵を促しメタンガスを生成、ゲップ時に大気へ放たれる。メタンの温室効果は同量の二酸化炭素の約25倍。地球温暖化の要因は、4%が家畜のゲップに含まれるメタンで占められているのだ。
カシューナッツ殻液で特定の細菌を制御
そこで、世界中で牛ゲップ問題解決への取り組みが進んでいる。一部の学者は化学物質を餌に混ぜ込む手法を推奨。いっぽう小林氏は天然素材にこだわり、2007年から数百種類超の天然由来成分を試していた。
そして辿り着いたのが、カシューナッツ殻液。殻を絞ってできた液に含まれる成分「アルキルフェノール」が、胃内でメタンを発生させる細菌だけ弱体化させると判明したのだ。ゲップのほか糞から発生するメタンも、殻液効果で低減。すでにカシューナッツ殻液を混ぜた飼料は商品化され、順調に普及が進めば2030年までに牛由来のメタンは25%削減できるという。
なお、メタン発生率を抑えると、メタン生成に使われるはずだった体内エネルギーが肉や乳の生成にまわる。つまり、より少量の餌で食糧が増える。たかがゲップも、積もれば山となるのである。
取材・文/山本真紀 撮影/小川伸晃
※週刊ポスト2021年11月12日号