キングメーカーの安倍晋三・元首相は総選挙で岸田文雄首相を十分脅かせる「数の力」を維持した。自民党の善戦で安倍チルドレンの多くが生き残り、「魔の3回生」も9割が4回生となった。そしていよいよ悲願だった最大派閥・細田派の会長に就任し、名実ともに「安倍派」へと衣替えさせる日が近づいている。11月10日に召集される特別国会で、細田派会長の細田博之氏が衆院議長に就任することが内定し、派閥の代替わりのチャンスが来た。
議長は政治的中立を保つために離党するのが国会の慣例で、同時に派閥を離脱する。前衆院議長の大島理森氏も議長就任時に大島派会長を退任し、山東派(現在は麻生派に吸収合併)に衣替えした。
実は、安倍氏には簡単には会長を継げない事情があった。政治ジャーナリストの野上忠興氏が語る。
「安倍氏は最初の首相就任時に清和研を離脱して以来、派閥に戻らなかった。2012年の総裁選では派閥から止められながら出馬して当時の清和研会長だった町村信孝氏と争い、首相に返り咲いても意趣返しで官房長官に無派閥の菅義偉氏を起用するなど細田派を重用しなかった。だから派内のベテラン組には安倍氏の派閥会長就任に強いアレルギーがある」
そこで安倍氏は今回の総選挙で細田派候補の選挙区を重点的に応援に回り、恩を売って会長就任に向けた地ならしをしてきた。総仕上げが、細田氏を議長に祭りあげて会長の座を空けさせる人事だ。細田派中堅は、「細田議長就任後に開かれる派閥総会で安倍さんの復帰と会長就任が正式に承認される見通し」と言う。
そうなれば、安倍氏は最大派閥の領袖としての発言力と、派閥横断的な安倍チルドレン勢力への影響力という2つの「数の力」を持つ。「大安倍派」の誕生だ。
今の安倍氏は「大田中派」を率いて“闇将軍”と呼ばれた田中角栄氏と重なると指摘するのは、角栄氏の番記者だったジャーナリストの田中良紹氏だ。
「田中角栄は最大派閥の力で鈴木善幸、中曽根康弘を次々に首相に担ぎ上げたが、キングメーカーに甘んじるのではなく、自らの総理復帰を念頭に置いていた。だから総理は“ボロ神輿”で力が弱いほうがいいし、派内にも後継者、総裁候補をつくらなかった。
安倍氏も同じだ。9月の総裁選には細田派から安倍氏と近い下村博文氏が出馬に動いたが、協力しなかったばかりか、無派閥の高市早苗氏を担ぎ出した。派内から総裁候補が出る動きを挫くのは自身3度目の首相登板を考えているからでしょう」
だが、かつての角栄氏は田中派が141人と勢力最大になった途端、竹下登氏と金丸信氏に派内クーデターを起こされて病に倒れ、時の中曽根首相は角栄氏の影響下から独立した。
安倍氏の誤算も、“傀儡”にするはずだった岸田文雄・首相が本気で独り立ちに向けて動き出したことだ。