ショートステイで施設を利用した75歳の男性に悲劇が起きたのは、職員の介助を受けて、昼食の「おでん」を食べている時だった。突然、苦しそうな表情で「うー」という声を発したのだ。発見した職員が、口の中を覗いたが何も入っていないように見えたため、背中を叩くタッピングという処置をしたが、状態は改善せず。
駆けつけた看護職員が再び男性をタッピングしたところ、2センチ大の「はんぺん」が2つ出てきた。その後、消防署から出動した救急隊員が男性の喉からさらに「はんぺん」と「こんにゃく」を1つずつ除去したものの、男性は窒息が原因で亡くなってしまった。
「おでん」によるこの窒息事故は、2004年に介護職員の過失が問われ、名古屋地方裁判所は、こんにゃくやはんぺんなどは「嚥下障害の患者に向かない食べ物である」と指摘。食事介助の際に細心の注意を怠ったとして、慰謝料と葬儀費用として合わせて約2400万円を遺族に支払うよう命じた。
年齢を重ねるほどに「おでん」のリスクには注意が必要だと、心越クリニックの岩間洋亮院長は話す。
「おでんの具材は窒息や誤嚥の原因となるものが多い。実際、私の病院でも、こんにゃくを喉に詰まらせたお年寄りが担ぎ込まれたケースがありましたし、往診で救命したことも今までに何度もあります」
東京消防庁のデータによると冬場は65歳以上の餅による窒息事故が圧倒的に多い。年末が近づくにつれ餅についての注意喚起はさかんになされるようになっているが、同じく冬の風物詩である「おでん」による窒息リスクにも目を向ける必要があると説く専門家は少なくない。
「おでんは、歯が抜けて数が少なかったり、噛む力が弱っていたりする高齢者には非常に危険な食べ物です」
そう注意を促すのは、みえ呼吸嚥下リハビリクリニックの井上登太院長だ。
「おでんはいろいろな具材を一度に食べられる手軽な人気メニューですが、窒息リスクに注意するべき具材がたくさん入っている料理でもあります。こんにゃく、はんぺん、牛すじ、しらたき、がんもどき、ちくわ、さつま揚げ、ゆで卵……高齢者にとっては、ほとんどの具材が喉に詰まる可能性を心配しなくてはならないものです」