「朝は和食派」の夫と子供のために塩鮭を焼き、かつおぶしをたっぷり入れたみそ汁を作りながら、折り込みチラシを手に取る。回転寿司チェーンの「まぐろ祭り3貫100円」の広告にのどが鳴った。テストの点数がよかったら、週末ご褒美にみんなで行ってみようか。そう話して家族たちを見送った後は、スーパーに行って夕食の買い出し。めっきり冷え込んできたから、かきやたらがたっぷり入った土手鍋なんてどうだろう──。
ユネスコの無形文化財として登録されて8年が経ったいまも、ヘルシーで繊細な和食は世界中で愛されている。特に魚介類の人気ぶりは根強く、今年開催された東京五輪の選手村では「コロナ禍で外出がままならないが、どうしても日本の寿司を食べたい」とUber Eatsを駆使する外国人選手たちが続出。また、ノルウェーでは空前のさば缶ブームが起きている。
「その背景には、日本の豊かな海と漁業文化があります」
そう語るのは、東京大学大気海洋研究所教授の牧野光琢さんだ。
「海に四方を囲まれた海洋国家であり四季の変化にも富んだ日本は、世界でも類を見ないほど海産物においても生物多様性が豊かな国。獲れる種類の豊富さは世界有数です」
恵まれた環境に加え、独自の漁業文化も豊饒な食卓を支えている。
「津々浦々で独自の魚食文化を発展させてきた日本では、地元の漁師が事情を最もよく知っており、千葉の地引網や石川のするめいか釣りなど、独自のスタイルで漁を続けてきました。
同じく“魚大国”とされるノルウェーやニュージーランドが政府の厳格な科学的指示のもとで漁獲のルールを遵守させている状態である一方、日本では、漁師の知恵や経験をもとに海を大切にして末永く漁を続ける方法と、政府が科学的知見に基づいて漁獲を管理する方法を組み合わせている。『共同管理』と呼ばれるこの方法は効率的で、国際学会でも非常に高く評価されています」(牧野さん)
寿司や焼き魚、旨みたっぷりのかつおだし……こうした豊富な魚料理が一年中当たり前のように食べられるのは環境と独自の文化の賜物なのだ。しかし現在、その“豊穣の海”に危機が迫っている。地球温暖化が進めば魚の漁獲量は大幅に減り、魚がやせ細って味も落ちる。さらに、海洋ゴミも増える一方で、海の環境も毎年悪化している。