「赤ちゃんはどうやって生まれるの?」──子供から質問されて困る質問の筆頭がこれだが、“正解”を伝えるのは非常に難しい。国際日本文化研究センター所長の井上章一氏(66才)は、この難問にどう向き合ったのか? 自身の性への目覚めにまつわる思い出を交えて性教育について語ってもらった。
* * *
幼い頃から性的なものには関心があり、小学校低学年の頃は、手塚治虫の『リボンの騎士』の漫画やアニメもある種のエロ本のようなときめきをもって見ていました。作中にへケートという魔女が登場するのですが、「なぜ私は人間ではないのか」と身もだえする姿が、幼心に妙に色っぽく感じたんです。
高学年になると、ませた友達から「子供ができる仕組み」の知識を授かりました。でも聞いた時は意外な印象はなく、「ああ、やっぱり」と思ったのをよく覚えています。田園地帯の家で育ったので、犬の交尾シーンを往来でよく見ていたからかもしれません。
巷にはエロ本やエロ雑誌がありましたから、それを見て育った世代でもあります。食事が終わって自分の部屋に入り、勉強しているふうを装いながら、机の片隅に潜めていたエロ本を眺めたりしていました。
「勝手にドアを開けんといてほしい」と言いたくなるような、後ろめたい何かをみんな机の下に隠していた。そうした“親にも言えない何か”が自分のなかにはあると気づいて、自我に目覚める。我々の世代の性教育は、誰かに教わるものではなく、自我の確立に不可欠な通過儀礼としての側面が強かったように思えます。
学校の性教育というものに初めて遭遇したのは、1990年代中頃、娘が小学校高学年の時に行った授業参観でした。「陰毛は早く生える子もいるし、なかなか生えない子もいる。十人十色だから気にすることはない」というのが授業の落とし所で、生徒に伝えておきたいこととしては、もっともな話だったと思います。
我々現代人のほとんどは衣服を着て暮らしています。裸族と呼ばれる人たちが暮らしているあたりでも、ほとんどの民族が陰部は隠しています。それは人間がお互いに全裸を慎む文化を持っているからでしょう。