日本で唯一、大規模な長寿研究をしている慶應義塾大学医学部・百寿総合研究センター。老化のメカニズムや認知症の予防・治療の研究で世界をリードする同センターのなかでも、この道30年という長寿研究の権威が新井康通教授だ。
全国各地の100歳以上の高齢者を訪ねて集めたデータを、新井教授が中核となり、10月に国内の学会で発表した。テーマは「100歳以上の高齢者の血液」だった。共同研究者のひとりで、熊本大学大学院生命科学研究部の尾池雄一教授が解説する。
「これまでの長寿研究で、『百寿者』と呼ばれる100歳以上の人は、糖尿病や動脈硬化の有病歴が一般の高齢者より少ないことがわかっています。我々はそこから一歩踏み込んで、100歳以上長生きした人のなかで、何が寿命を分ける要素になるかを研究しました」
平均寿命を大きく上回る100歳まで生存するためには、特定の理由があると考えられる。だが従来の研究では、その生物学的なメカニズムは解明されていない。
そこで新井教授らの研究チームは、高齢者1427人を「110歳以上」「105~109歳」「100~104歳」「85~99歳」の4グループに分類し、それぞれ「血液データ」と、「調査時点からの生存期間」を解析。その結果、100歳を超える超長寿をもたらす「血の秘密」が発見されたのだ。尾池教授が語る。
「高齢者の寿命を決める2つの重要な血液検査の項目が見出せました。それが『NT-proBNP』と『アルブミン』です。
NT-proBNPは、心臓に負担がかかった際に分泌される“BNP前駆体ホルモン”がもととなる物質です。心臓の機能が低下している人ほどNT-proBNPの数値が高くなる傾向にあり、一般に125(単位・pg/ml)以上だと定期的な経過観察が、400以上だと治療が必要とされます。さらに数値が高い場合は重度の心不全になる可能性もある。人の健康状態を調べる上で重要な指標です」
今回の研究で明らかになったNT-proBNPの具体的な数値は次の通り。
「100歳時点で比べると、100歳から104歳までに亡くなった人の平均値は781、105歳から109歳までに亡くなった人の平均値は665でした。一方、110歳以上まで長生きできた人の平均値は217と顕著に低かった。
みなさん百寿者なので心機能が低下することは避けられませんが、そのなかでも数値が低い人ほどより長生きする可能性が高いことがわかりました。つまり、100歳を超えて長く生きる人は心臓血管系の老化が遅く、血液の循環システムを維持できているのです」(尾池教授)