人生100年時代といわれ、老後の生き方が多様化するいま、人生の幕引きの瞬間もまた多様化している。先月、義理の父親を看取ったばかりだという会社員の松山早苗さん(54才・仮名)はこう語る。
「義父は肺がんを患っていましたが、末期は緩和ケアをしていたこともあって痛みもほとんどなく、87才で穏やかに亡くなりました。途中、闘病で苦しい思いをしたこともありましたが、最期の2週間は退院して家で過ごすことができた。孫や子供たちとも会えたし、前日まで食事もできていた。悔いのない旅立ちだったと思います。
一方で、一流企業に勤めて海外勤務もするエリートだった親戚は70才で脳梗塞を患い、一命を取り留めたものの2年後に再発して寝たきりになり、最期までつらいと周囲に漏らしていました。亡くなる2週間前には嚥下障害を発症し、点滴でやっと命をつないでいる状態だったそうです」
それまでの人生がどんなに豊かでも、最期の14日が苦しいものであれば本人も周囲もつらいし、安らかなものであれば救われる。生まれる場所を選ぶことができないように、どんな死に方になるかはそのときが来なければ誰にもわからない。しかし、少しでも安らかに過ごす方法はないのだろうか。
救急救命士として多くの命と向き合ってきた、日本救急救命士協会会長の鈴木哲司さんは、あらかじめ自身の最期の瞬間を具体的にイメージしておくことが安らかな死につながるという。
「確かに、死は突然やって来るものであり、どう亡くなるか選択することは不可能です。しかし、理想の最期を考え、そこに近づけるために準備することはできる。そのためには人はどう息を引き取るのか、“最期の14日間”でどんな状態になるかを知っておくことが必要です」(鈴木さん)
がんは「最期の10日間」が重要
いまや2人に1人がかかり、死因として最も割合の高いがんは、種類や進行度によって最期の状況が大きく異なってくる。緩和ケアに詳しい長尾クリニックの院長、長尾和宏さんは特につらいのは、胃や大腸、膀胱や卵巣など腹部にできる腫瘍だと指摘する。
「腹部には重要な臓器が密集しているうえ神経も多いため、痛みを感じやすい傾向にあります。特に大腸がんや胃がんは、末期になるとお腹に散らばったがん細胞がチューインガムのように臓器にくっついて癒着することがある。その結果、腸管が詰まって腸閉塞を発症するケースもあり、その状態になれば痛みと腹部膨満感に苦しむことになる。
また、子宮や卵巣、膀胱や前立腺がんの場合、肛門と陰部あたりの会陰部に転移することがありますが、神経が多く通っている部位なので、座っていられないほど痛みを伴います」
近年患者数が増加し、がんの死因4位であるすい臓がんも、末期となれば痛みに襲われることが多い。昭和大学病院緩和ケアセンター長の岡本健一郎さんが解説する。
「すい臓がんは自覚症状がないゆえに見つかりづらいため、“サイレントオーガン(もの言わぬ臓器)”ともいわれ、発見時にはすでに転移していることも多いです。進行するとがんが胆管をふさいで黄疸を起こしたり、すい臓周辺の神経が多い場所に広がってみぞおちあたりを指す心窩部や背中に強い痛みを感じたりします」