元警視庁暴力団担当刑事・櫻井裕一氏は数々の暴力団関連捜査に携わった“伝説の刑事”。自身の体験を『マル暴 警視庁暴力団担当刑事』(小学館新書)にまとめた櫻井氏が、40年近く「マル暴刑事」一筋で過ごした熱い半生を語った。【全3回の第3回】
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警視庁では、櫻井氏にまつわる「伝説」が語り継がれる。2014年に新宿署で組対課長になって以降、櫻井氏はほとんど家に帰らず、新宿署で寝泊まりしていたというのだ。
だが、櫻井氏は「そんな、たいそうなことではありませんよ」と笑う。
「令状請求などの手続きは管理職(指定警部以上)が決裁するので、そういう立場の者が誰か署内にいると便利なんです。歌舞伎町では、現場の刑事だけでは対応できない重要事件もよく起きるので」
歌舞伎町は眠らない。商売人も客も眠らない。ゆえに警察も眠らない。毎朝7時から新宿署の会議室は賑やかだ。
「刑事課、組対課、交通課、生安課などの課長クラスが集まって、前日の夕方から朝までに寄せられた110番通報の内容や処理状況をチェックしています。歌舞伎町で発生する事件の多くはヤクザ者の絡んだ喧嘩や外国人の万引き、ぼったくり、薬物使用者の錯乱暴れなど。通報を受けての現行犯逮捕が非常に多い」
110番処理のチェックでは、逮捕者の有無と、その逮捕が適正だったかどうかが問われる。
「たとえば、私たちマル暴。ヤクザが絡む喧嘩の110番で出動したのに、逮捕者が出なかった。こうなったら大変です。係長あたりがすぐに呼び出されて、『お前、寿司屋のオヤジか! 現象事案なのになんで握った?』とドヤされることになります。『握る』とは、『ヤクザに丸め込まれて、できる事件を事件化しなかった』という意味です」
なぜ、逮捕できるのにしないのか。櫻井氏は「単純なサボりだ」と指摘する。ヤクザ絡みではどんな些細な事案でも、それを事件化するには相応の労力と手間がかかる。そのため、積極性に欠けた捜査員は、事件を自分の都合で選んでしまう傾向が否めないのだそうだ。
櫻井氏は歌舞伎町では酒を飲まないという。
「地方の刑事たちの中には、歌舞伎町で酔っぱらうだけじゃなく、ぼったくりにまで遭うような者もいますが、新宿署員は飲みません。歌舞伎町にはいたるところに監視カメラがあるでしょう。そのカメラのひとつひとつを新宿署が常時監視して、必要に応じて、リモコンでレンズの角度まで動かして撮影していることはご存じですか? だから我々が飲むときは、西口の居酒屋です。酔っぱらっている姿を、逐一、仲間に見られていたら楽しめませんからね」
櫻井氏の生活には、骨の髄まで「マル暴」の習慣が刻み込まれている。
【プロフィール】
櫻井裕一(さくらい・ゆういち)/1957年、東京都生まれ。元警視庁警視。1976年、警視庁入庁。新宿署組織犯罪対策課課長、警視庁組織犯罪対策第四課管理官などを歴任。2018年、退官時に「警視総監特別賞(短刀)」を受賞。2020年、「STeam Research & Consulting」を設立。現在、飲料メーカー「伊藤園」の渉外業務にも従事。『マル暴 警視庁暴力団担当刑事』(小学館新書)。
※週刊ポスト2021年12月10日号