伝説の落語家・立川談志の愛弟子だった立川志らくは、没後10年、片時も師匠のことを忘れたことはなかったという。志らくは今、多くの弟子や孫弟子を抱える。彼らを教育するうえで、談志の教えをたびたび思い出すという。立川志らくにインタビューを行った。【全3回の第3回】
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談志は「落語を上手くやるってのは訳ないんだ、いかに下手にやるかが大変なんだ」というのが持論でした。けれど一方で私が若手の頃には、「上手くやるのはいつでもできると思っているだろうけど、そうじゃない。それが年齢とともにできなくなることもあるから、今のうちに上手くやるということをやっておかないとダメだ」とも言っていました。どちらの意味も当時は分かりませんでしたが、今なら理解できます。
基礎もできていないのに他の落語と違うことをやりたがり、早々と自分で考えたギャグを入れたりする弟子がいっぱいいるけど、それはその場しのぎでしかない。一部のファンに受けているだけで、世間で勝負したらだれも聞いてくれません。
やっぱりまずは上手くやることを追求するのが大切で、私も前座の頃はとにかくきちんと基本通り、一切のギャグも入れずにやっていました。談志が「イリュージョン落語」のように既存の落語から逸脱して「いかに下手にやるか」を追求するのは、その先のことだったんです。
談志は、「価値観の共有」ということも言っていました。談志は昇進試験で落語のほかに歌や踊り(歌舞音曲)を課題としていましたが、いくら練習して歌や踊りの師匠がOKだと言っても、ダメだということがよくありました。
談志が言っているのはテクニックを習得することじゃなくて、「好きになれ」ということ。「下手でもいいから好きになれ」と、それが伝わってくると談志はOKを出すんです。同じものを好きになるということこそが、価値観の共有なんです。