第73代横綱・照ノ富士は、白鵬の引退で一人横綱となった重責を背負いながら、九州場所では全勝優勝で連覇を果たした。九州場所後、照ノ富士は初の著書『奈落の底から見上げた明日』(日本写真企画)を上梓した。横綱の品格について語った、その手記を公開する。【全3回の第1回】
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新横綱として初めて迎えた本場所。国技館での初めての横綱土俵入りで、私はその大拍手を、頭のてっぺんからつま先まで浴びた。緊張しなかったが、所作の一つ一つを噛み締め、心を込めて行なう横綱土俵入り。今までの土俵入りとはまったく違う。10キロもある綱を腰に締めて行なうといった体力的な部分でも、疲労感は大きかった。
横綱として本場所を経験して、今までと変わったと思ったことがいくつかある。ひとつは自分のなかの意識。これまでは、強くなるためだったらただひたすら何番でも稽古をしよう、トレーニングをしようと、強くなりたい一心でやっていた。責任ある行動だとか、そういうことは頭になく、とにかく強くならなくちゃいけないと、それだけだった。
しかし、そうして努力を重ねるうちに、今は一番上の番付となった。すると、当然注目度も違うし、背負う責任も変わってくる。特に思うのが、若い子たちが自分のことを見て、自分に憧れて角界に入ってくるような、そういう地位になったのだということ。こういった気持ちが芽生えたのだ。
今の自分は、横綱にふさわしいのだろうか。みんなが憧れる存在になれているだろうか。常に不安はつきまとう。何事もそうだが、「もうこれで大丈夫」と思ってはいけない立場なのだと、身に染みて感じている。
〈九州場所での全勝優勝後、土俵下でのインタビューで「土俵に上がると自分のベストを尽くし、全力でやるしかできない」と話した。手記のなかで横綱の品格についてこう述べる〉
品格とは、その人の生き様であり、すべての人に理解されるものではない。よって品格を明確に言葉で表わせるものではない。人によっては、勝つことが品格かもしれない。勝負師たるもの、勝つこと前提で戦っているし、勝ってなんぼの世界なので、それはそれでいい。白鵬関を叩く人もいるが、逆に勝負師として、勝つことの大切さを学んでいる人もいるわけだから。
自分にとっての「横綱の品格」は、すべての力士が目標としている地位であり、自分が上がった以上は、みんなの目標であり手本となる存在にならなければいけないという思いがある。上に立つ者は、下から出てきた人間に負けると、騒がれる立場にもなってくるので、覚悟と責任感を持ってやるしかないと思っている。