【著者インタビュー】岡田晴恵氏/『秘闘 私の「コロナ戦争」全記録』/新潮社/1760円
〈「これさ、コロナの前の時代には戻れないね」〉〈「……それは田代先生も同じことを言っていました」〉
電話の主は国立感染症研究所の元職員で現白鴎大学教授・岡田晴恵氏。そして相手は当時厚労大臣の職にあった田村憲久議員。本書『秘闘』は新型コロナ対策の最前線で本音を闘わせた2人の、そんな遣り取りからして生々しい記録だ。専門家とそうでない人の間を繋ぎ、政策上の助言もする職業柄、自らの言動を逐一記録するのが習い性とはいうが、特に会話の再現力はタダモノではない。
「メモは当然取りますし、無理な時は誰か信用できる人に電話で話しておいて、文字に起こしたその内容を改めて記憶と照合するんです。私は相手の話を声や音ごと憶えてしまうくらい、記憶力はいい方なんです」
本書はその70万字に及ぶメモのごく一部に過ぎない。全ては2019年12月24日、元感染研・インフルエンザウイルス研究センター長の田代眞人氏から1本のメールが入るシーンで始まる。WHOにおけるパンデミック対策の実質的トップでもあった元上司は、要点だけをこう綴っていた。
〈中国の湖北省・武漢で重症の肺炎患者が発生している、すでに複数の感染患者を確認。詳細はまだ不明〉
「田代先生からの一報は〈噂は本当だったのか〉と、イルミネーションの見物客でにぎわう表参道に蹲ってしまうほどの衝撃でした。新型ウイルスの存在を中国が認めたのが12月31日、翌年1月下旬にはドイツで無症状の中国人女性からの感染例が確認された。ということは、その時点でSARSのように症状のある人だけを調べればいいという前提が崩れ、広範な検査と隔離の徹底が最適解であることは明白だったわけです。
特に高齢化が進む国では重症化と医療逼迫の連鎖を招きやすく、ワクチンができるまでどう持ちこたえるかが勝負だと、私は一貫して言ってきた。検査を増やすと患者が増えて医療が崩壊する、だからやらないなどという議論は本末転倒で、とにかく検査して見つけて封じ込める、教科書通りの基本を真面目にやりましょうよと、今も言いたいのはほぼそれだけなんです」
門外漢でもわかる正論が通らず、日本の対コロナ政策がなぜ迷走を繰り返したのかを検証するために書かれた本作では、先述した田村氏や田代氏、さらに専門家会議の尾身茂氏や岡部信彦氏らの言動を時系列で刻々と追ってゆく。
ちなみに一連の会議が重用したのは、国際的知名度を持つ天才肌の田代氏ではなく、〈調整型〉の岡部氏だった。その多分に政治的な人選に岡田氏が覚えた嫌な予感がみるみる現実になる過程は、まるで見たくないドラマを見ているかのようだ。