史上初となる10代での四冠獲得を達成した藤井聡太(19)。最年少五冠獲得も視野に入る天才棋士の強さの理由は一体なんなのか。「才能」という言葉では語り切れない「強さの根源」について、将棋観戦記者の大川慎太郎氏が、同じくタイトル保持者である永瀬拓矢王座(29)に聞いた。(前後編の前編)
圧がない。だが強い
2021年は、将棋界の勢力争いの構図が大きく変化した年だった。それまで「4強」と言われる時代が続き、藤井聡太、渡辺明、豊島将之、永瀬拓矢の4人がタイトルホルダーとして激しくしのぎを削っていた。
だが藤井が大躍進し、豊島から叡王と竜王を奪取。現在、8つのタイトルは3人が分け合っている。藤井が竜王、王位、叡王、棋聖の四冠。渡辺が名人、棋王、王将の三冠。残る王座が永瀬だ。
藤井はさらなる侵攻を目指している。年明けから始まった王将戦七番勝負で渡辺に挑戦しており、1月9、10日に行われた開幕戦は大熱戦の末に、藤井が制した。五冠に向けて好発進だ。そして2月から始まる棋王戦五番勝負は、二冠を目論む永瀬が渡辺に挑戦する。
名人を中心に、冠位者たちが年頭から激しく火花を散らす。彼らに対局以外の交流などはなさそうだが、永瀬と藤井は長年、研究パートナーという間柄である。そんな永瀬にしかわからない藤井の姿があるはずだ。現在の将棋界で藤井はどういう存在に映るのか。その中で永瀬自身は何を目指していくのか。聞きたいことは山ほどあった。
29歳の永瀬は、2009年に17歳ジャストでプロ入りした。通算タイトルは叡王1期、王座3期で計4期を誇る。永瀬は「将棋の鬼」だ。棋士は皆そうだが、飛び抜けている。大晦日も元旦も他の棋士と練習将棋に明け暮れ、昨年の年初には「正月という概念をなくして将棋を指した」という名言(?)を吐いた。公式戦を深夜まで戦っても、翌日は朝から元気よく練習将棋をこなす。
対局の遠征で大阪や地方に行っても、「寄り道をしたことは一度もありません」。観光にもグルメにも関心はない。真っすぐ帰宅し、次の対局の準備をする。酒や博打など論外だ。過剰と極端という単語がよく似合う好漢の息抜きは、『週刊少年ジャンプ』を読むことである。そんな将棋の鬼に昨年、異変が起こった。
「モチベーションが上がらなくなってしまったんです。そんな経験は将棋を覚えてから初めてでした。棋聖戦の挑戦者決定戦(4月)に負けたことが原因のような気がしますが……」