〈未熟は悪〉という人と〈正だの義だのを人へもとめるには、いろいろなものを見過ぎた〉という人の生き方が何ら矛盾せず、醜いまでに生にしがみつく人も、生き急ぐ壮十郎のことも、両方肯定するのが砂原作品だ。中でも象徴が〈こうとしかならぬ〉という台詞だろう。
「僕の作品によく登場する、今いる自分だけがまことという思いは僕自身の信条でもあります。人間はもちろん後悔を重ねていくものですが、違う生き方を選んでいたら、もっと酷いことになっていたかもしれないし、何がよかったかは誰にもわからない。
今ある自分をそうでしかないものとして受け入れるなど、いろいろな生き方を提示していくのも、小説の役割ではないでしょうか。そして潔さを尊ぶ侍も死ぬのは当然怖いわけで、そんな逡巡や揺れまでしっかり捉える時代小説を、今を生きる人に向けて書いていきたいですね」
〈だれかの夢を見るのは、そのひとがおのれのことを思うているから〉というある人の言葉が、別の誰かを救いもする。人は自分が思うより、はるかに多くの言葉のバトンに支えられて生きているのかもしれない。
【プロフィール】
砂原浩太朗(すなはら・こうたろう)/1969年生まれ、兵庫県出身。早稲田大学第一文学部卒。出版社勤務やフリーのライター等を経て、2016年に第2回「決戦!小説大賞」を受賞、2018年『いのちがけ 加賀百万石の礎』で単行本デビュー。昨年1月刊行の『高瀬庄左衛門御留書』は直木賞、山本周五郎賞の候補や『本の雑誌』2021年上半期ベスト10でも第1位に選出されるなど、目下最も注目される時代小説家のひとり。177cm、63kg、AB型。
構成/橋本紀子 撮影/国府田利光
※週刊ポスト2022年1月28日号