【著者インタビュー】岩井圭也氏/『竜血の山』/中央公論新社/1980円
生物は環境や変化に順応できた者が生き延びるという。かつて現在の北海道北見市で東洋最大級の水銀鉱床が発見され、そこには水銀を飲用もする〈水飲み〉という一族が暮らしていた──。この史実すれすれの大ウソが、岩井圭也著『竜血の山』の重要な背骨だ。
モデルは北見市留辺蘂に実在した、イトムカ鉱山。1930年代、台風の際に偶然発見され、約30年後に市況の悪化や公害問題のあおりで閉鎖された同鉱の盛衰史をベースに、岩井氏は一族の存在を世間が知るきっかけともなった当時10代の少年〈アシヤ〉が、時代に翻弄されながらも成長し、戦前戦後を生き抜く姿を描く。
それこそ〈増産なほ及ばず〉〈鑛山は叫ぶ“學徒よ來れ”〉等々、各章の冒頭に当時の表現そのままに引用された新聞記事と、山深い洞窟の奥に水銀が湧く湖を聖地とする架空の一族とが本作では違和感なく同居し、幻想的でいて、どう見てもこの国の物語なのである。
数学に香港、青春小説や社会派まで作風は幅広いが、「常に自分が面白いと思うものを書くという1点では、ブレてないつもり(笑)」と、2018年のデビュー以来、会社員生活の傍ら既に7作品を上梓する注目の気鋭は言う。
「私は元々理科系の人間で、水銀にも興味があったんです。それこそ中高時代は元素表を見るのが大好きで、常温では液体の金属であり、有毒なのに美しい水銀は、心惹かれる存在でした。
その水銀について調べる中でイトムカのことを知り、それが北海道にあることにも並々ならぬ縁を感じたのは確か。でもただの鉱山史じゃつまらないし、切り口を探していた矢先、本書の担当編集者さんから『次はマジックリアリズムを書きませんか?』と提案があったんです。
そこからはもう、こんな一族がいて、湖があってと発想が次々に湧いてきて。自分でもなぜそんな発想をしたのか不思議なんですが、編集者の助言と私の中高時代に遡る化学的興味が、水銀を飲んでも無害な人間がいたら? というイフを書かせた気はします」
ちなみにアシヤには〈榊芦弥〉という漢字名もあり、北海道が近代化に組み込まれた最後期に鉱脈共々発見された彼ら一族を、著者は公的な場では漢字、生活の場では音で厳密に表記する。
「といっても彼らは独自の文化を何ら持たず、衣食住も平凡すぎるくらい平凡な、あくまでも虚構の一族ですけどね。その戦前教育の埒外にいて、皇国とか臣民と言われてもまるでピンと来ない人々が、戦争を挟んだ一時期、日本の国力の一端を担い、水銀産業と結果的には浮沈を共にする。その皮肉すぎる運命を書こうと。
面白いのはイトムカってたった30年の間に超のつく好景気と、そこから凹んだ時期が2回ずつあるんです。開山当初は軍需産業の1つとして人もお金も国ぐるみで集まったのが、敗戦後は後ろ盾を失い、朝鮮特需で盛り返したと思うと、今度は水俣病を始めとする公害問題で水銀離れが起きる。それでも山を離れられないのが水銀と共に生きる水飲みであり、アシヤでした」