権力闘争にはドラマがつきものだが、わずか1年でこれほど立場が逆転するライバル関係は滅多にない。菅義偉・前首相と岸田文雄・首相だ。片や叩き上げの苦労人、片や3世議員の政界サラブレッドと対照的な2人は政界で出世を競ってきた。
2年前の自民党総裁選で菅氏が岸田氏に圧倒的大差をつけて勝利すると、それまで陽の当たるポストを歩いてきた岸田氏を完全な無役に追いやった。菅氏の勝利かと思われた。
だが、その1年後、菅氏が東京五輪の開催強行やコロナ対応に失敗するや、今度は岸田氏が総裁選に名乗りをあげて「菅降ろし」の先陣を切り、菅氏を総裁選出馬断念に追い込んだ。
昨年10月に就任した岸田首相が打ち出したのが菅路線の否定だ。官邸入りすると真っ先に菅氏が鳴り物入りで設置していた「成長戦略会議」を廃止し、代わりに「新しい資本主義実現会議」を設置。民間人委員の顔触れも竹中平蔵・パソナ会長ら菅ブレーンを一掃した。
「岸田さんの掲げる『新しい資本主義』は所得の再分配重視で、競争重視の新自由主義経済路線を取った菅政権の政策を全面的に転換するものです」(岸田派幹部)
人事面でも菅氏排除に動いた。自民党の3人の首相経験者のうち、総裁選で岸田首相を支持した麻生太郎・元首相は党副総裁、安倍晋三・元首相は麻生氏と並んで党憲法改正実現本部の最高顧問に就任したのに対し、菅氏は何の役職もない“冷や飯”状態に置かれ、政権への発言力を封じられた。
支持率の動きも対照的だ。“庶民派”と言われた菅内閣は高支持率でスタートしたが、コロナ対策が後手後手に回ったと批判されて短期間で急落した。一方の岸田内閣は発足当初は低い支持率だったが、感染第6波への対応が「朝令暮改」と批判されながらも徐々に上向いている。
「菅さんはさぞや歯がゆい思いをしているに違いない」。そう見ているのは菅側近の1人だ。
「総理在任1年だったとはいえ、菅さんは自分の政治的実績に自信を持っている。デジタル庁の設立や携帯料金の値下げ、不妊治療への保険適用、カーボンニュートラル宣言も出した。国会では長い懸案だった憲法改正手続きに必要な国民投票法改正案を成立させた。コロナ対策でも、1日100万回以上のワクチン接種体制を作ったのは間違いなく菅さんの功績だ。
しかし、感染第5波収束後に就任した岸田総理は安心しきってワクチン調達を怠っていたから、3回目接種が遅れてしまった。そんな岸田総理に自分の政治路線を否定されて悔しくないはずがない」