【著者インタビュー】蝉谷めぐ実氏/『おんなの女房』/KADOKAWA/1815円
伝統がそうさせるのか、今ではどこかお高くとまった感もある歌舞伎の世界。そのより猥雑で本来的な姿を蘇らせたくて、一昨年『化け者心中』でデビューするなり話題を攫った著者、蝉谷めぐ実氏(29)は、江戸、特に文化文政期の歌舞伎を舞台に選ぶのだという。
待望の第2作『おんなの女房』の主人公はそれこそ女形を夫にもつ女房〈志乃〉。江戸三座の一つ、森田座の若手女形〈喜多村燕弥〉に何の知識もないまま嫁ぎ、目の前に〈女の己より美しい女がいる〉状況を新鮮な驚きと共に報告してくれる、格好の案内人でもある。
元は奥州の下士の娘で、父親や『女大学』の教えに従ってさえいれば正しくあれると信じてきた彼女が、芝居町特有の流儀に触れ、自分の居場所を一から探す様は、どこか現代的でいて、実は歌舞伎的でもある?
「私は祖母が古文の教師で、歌舞伎にもよく行ったのが入口ではあるんですけど、一番大きかったのは大学の授業で児玉竜一教授の役者論と出会い、その奥深さを知ったことだと思います。
この頃の女形は普段から女性として生活していた人が多く、そこまで芸に全てを賭けられる心理に俄然興味が湧いたんです。それでいろいろ調べ始めた時期と作家を志した時期がちょうど重なっていて、当時の歌舞伎の、現代にはない魅力を作品に盛り込むようになった次第です」(蝉谷氏、以下同)
〈ときは文政、頃は皐月〉という巻頭の呼込からして名調子が小気味よい本作は、第1話「時姫」から第4話「八重垣姫」の全4部構成。知る人ぞ知る美形の燕弥が、ところてんを食べて逝った立女形〈玉村宵之丞〉亡き後を任され、『鎌倉三代記』の時姫や『安珍清姫』の清姫といった難役に挑む姿が、夫婦の機微や志乃の成長と併せて描かれてゆく。
ちなみに燕弥は時姫なら時姫に成りきる傾向があり、志乃はそれを〈漬けが甘い日と漬けが深い日〉などと表現。例えば『如月狂言』で初姫を演じた頃の燕弥は日本橋で人気の煮売り屋〈木曾屋〉の芋の煮っ転がしが好物だったが、今の夫は好みからして違う別人なのだ。
しきりに頭を捻る木曾屋の主に〈そのお芋のように役が染み込んでいると言った方が近いかもしれません〉と説明する志乃が、ふと相手の煙草入れの根付を見ると高麗屋の贔屓を示す花菱紋が。それほど誰もが芝居を愛し、贔屓の役者絵を競って買ったりした時代の心躍る空気感も、本書の大きな魅力の1つだ。
「要はどんな人にも推しの役者がいて、グッズを買いまくるように人気役者がどこの紅を使い、何を着たかが、経済すら左右した。しかも当時は役者の妻を鳥に見立てた『女意亭有噺』という評判記まで出ていて、どこまで番付好きなんだと。そういう普通はよろしくないとされる俗っぽさや、それもあっての歌舞伎だよねというあたりは、ぜひ描きたかったことでした」