【著者インタビュー】平井美帆氏/『ソ連兵へ差し出された娘たち』/集英社/1980円
戦後の闇はまだまだ深い。そんな事実の重さを突き付けられる『ソ連兵へ差し出された娘たち』が生まれたのは、著者が「乙女の碑」と呼ばれる詩に出会ったのがきっかけだった。その中に、次のような一節がある。
〈ベニヤ板でかこまれた元本部の/一部屋は悲しい部屋であった/泣いてもさけんでも誰も助けてくれない/お母さん、お母さんの声が聞こえる〉
詩を遺したのは、ソ連兵への「接待」の犠牲になった1人の女性だ。6年前に91歳でこの世を去ってしまったが、その数か月後に著者は、彼女の友人から詩を手渡された。
「読んだ時に衝撃が強すぎて。別室に女の子を閉じ込めたまま、大人たちは助けなかった。その情景が目に浮かぶようでした。知ってしまった以上、世に出さなければという使命感が芽生えました」(平井美帆氏、以下同)
託された思い。本書の舞台は、1945年8月9日のソ連参戦で崩壊した「満州国」である。日本への引揚船が出るまで現地にとどまった女性たちは、一方的に性暴力の被害を受けた。その闇に迫ったノンフィクションで、昨年、第19回開高健ノンフィクション賞を受賞した。
「黒川開拓団」という共同体の身の安全と引き替えに、ソ連兵への「接待」に差し出されたのは、当時17歳から20代前半の未婚女性約15人だった。戦後70年が経過し、残り3人となった「生き証人」の肉声を、著者は丹念に拾っていく。
そのうちの1人、玲子さんへの取材はいつも、人目につかない場所だった。
「会うのは自宅以外の場所なのですが、店に入るのも嫌だというので、バス停の椅子に座って話を聞きました。玲子さんは、それほどまでに家族に知られたくないのです。子供たちからしたら、『お母さんが犯された』ってとても辛い話じゃないですか? 玲子さんも、子供が知ったら傷つくだろうと、申し訳ない気持ちを抱えています。でも彼女は何も悪くない」
入れ替わるようにやって来るソ連兵に、女漁りや略奪を繰り返される。ところが取材を重ねるうち、開拓団の幹部側も、「接待」に出す女性を理不尽に選別していた事実が明らかになる。著者が取材を始めて9か月後、週刊誌に寄稿した。ちょうど、韓国の慰安婦問題が日本のメディアに取り沙汰された時期と重なった。
「慰安婦の話題が政治問題化していたので、戦時中のレイプ被害を書いた時に、どんな反応になるか未知数でした。たとえば『虚偽の事実だ』と難癖をつけられるかもしれない。自分が批判されるのは構いませんが、当事者だけは傷つけたくないという思いでした」